その日の放課後、あたしはテストとテストの間に五回以上遅刻した人間が呼ばれる、遅刻常習者指導を受けていた。その罰は反省文や、普段掃除しない場所の掃除、漢字や英語のイディオムをノートに書かされる……など多岐にわたるが、今回は作文だった。もともとありもしない話や思ってもいないことをだらだら書き連ねるのは得意だし、さらっと書き上げると一番目に教室を出た。
 とはいえ、まったく遅刻と関係のないことをさせられたのは腹が立ったので、トイレに寄り、スカートを内側に折ってから学校を出た。外に折るとプリーツが崩れるから嫌だった。もっとも一番崩れているのは、メンタルの方かもしれない。

 あれきり、なんとなく彼とも、葵とも距離が遠くなった。
 彼とは、あたしが一方的に連絡を断っている。未読通知がたまってゆくSNSアプリは、設定をいじって未読件数が表示されないようにした。そういう立ち位置に自ら進み出ていったあたしも悪いが、そもそもあんたがそんなに躍起になって連絡すべき相手は他にいるだろ、と言いたくなって腹が立つ。
 葵は教室で顔を合わせるたび、クラスメイトとして言葉を交わすし、授業でペアを組んだ時は普通の調子で話もできた。それでもたまに、動物園で檻の外から猛獣を見ているような、おっかなびっくりな目線を向けてくるときがある。あたしがそのことに気づくと瞬時に、動物園の水槽でくるくると回るアザラシを見ているみたいに、やわらかな目線に変わるのである。
 そこから下がれ、と言ってくれる存在はいなかった。足元にも黄色い点字ブロックは埋まっていなかった。結果あたしは勢いよくホームから落ちて、ひっきりなしに滑り込んでくる冷たい鉄の車輪にすり潰され続けている。何度も何度も、これ以上細かくなれないほどに。魂が天にのぼる前に、肉体とともに消えてなくなりそうだ。
 そもそもなぜこんなことになったのだろう。そう思えば思うほど誰かを恨み、妬み、憎みたくなる。しかし結局は、自分なら目を瞑ったままでなんでもできると思い込んでいた愚かさが、全ての元凶だった。最後まで一気呵成に突き抜けることもできず、こいつなら仕方ない……と諦めさせることもできない。こんな中途半端なあたしが泣いても喚いても、誰の心も動かせないし、誰のことも救えない。
 彼はあたしのことをどう思っているのだろうか。健康な男子高校生として、したいことをするのに丁度よかったのが彼女である葵でなく、横からひょっこり顔を出したあたしだったというだけではないのか。
 葵は本当にあたしのことを友達だと思ってくれていたのだろうか。それはひょっとしてあたしだけの勘違いであって、葵は本当は彼でなくあたしの方をすっぱりと切りたかったから、この話を持ち出したのではないか。

 考えれば考えるほど、キリがなかった。