彼の家を出て、駅のホームで電車を待ちながら、あたしは改めてその罪とやらについて考えてみた。
 人が誰かを好きになるのを、他人が止めることなどできないし、その権利もない。
 但しそれは、一般的に考えて健全なお付き合いをできていれば……の話だ。相手が既に結婚していたというならそれは不倫になるわけだし。そう考えたら「本気の不倫」とか、ゴシップ記事はおかしな見出しを考えてくれるよ。本気だっていうならコソコソしないで、向こう傷をつくる覚悟で正々堂々奪い取れよ。

<まもなく2番線を電車が通過します。危ないですから、黄色い線までお下がりください>

 自動放送が流れた。電車を待っているとき、じゃあもう少し下がろ……という気持ちになれるのは、誰かがこうやって警鐘を鳴らしてくれるからだ。
 なんで、あたしには誰も止めてくれる存在がいなかったのだろう。ちょっと冷静になれよ、って言ってくれる存在が。どうして誰も、あんた絶対どっちも失うよ、って言ってくれなかった。究極「下がれ!」と怒鳴ってくれるだけでもよかった。その一声さえあれば、あたしももう少し思慮深く行動できたかもしれないのに。

<For your safety, please stand behind the yellow line.>

 別に二か国語で言えとまではいわないが、誰かに止めてほしかった。
 手の中の小鳥が身体をよじらせて、指の隙間からすり抜けていこうとしている。あたしはこのまま、為すすべなくその様子を見つめることしかできないのだろうか。
 答えを出すことができないまま、やがてホームに入ってきたアルミニウムの箱に乗り込んだ。