ダマのようになって絡まった糸を、力任せに引っ張っているような気持ちだった。最終的にハサミを入れるくらいなら、とっとと仕舞いにしてやりたい。それでもあたしは悩んでいた。
 彼への想いと、葵との友情。もっとも後者はそんなもん既に無いも同然のようにも思えたが、ある、として考えると捨てきれないというところにミソがある。
 本当はどちらも大切にしたい。小鳥を手で包むように慈しみたい。横からそれを奪おうと手がのびてきたら、たとえ誰の手であろうと容赦なく払いのけたい。それができないのは、手をのばしてきた存在、そして自分の手の中で囀る存在もまた、どちらも大切な人であるからに他ならない。
 我ながら、面倒なことこの上ない性格だ。せめてあたしが好きになったのが、彼じゃなかったらよかった。それか彼が好きになったのが、葵でなければ。
 たらればで迷う。そんなのは大人になったら好きなだけ、居酒屋でメニュー片手にやればいいんだ。なんで高校三年生のあたしがそんなことを―――。

「本当、ばかみたいだな」

 彼の部屋にいた。壁を背もたれ代わりにして、いまこの瞬間も肩が触れ合っている。好きな人とこうしているのに、あたしの胸の中には今も何ひとつとして響いてこない。それがあたしに課せられた刑罰なのかもしれない。
 ずっと黙りこくっていた彼が急にそうやって呟いたので、あたしは少しだけ身体を震わせて、訊いた。

「なに。あたしのこと?」
「違う。自分自身のこと」
「本当のばかは全国模試で上位には入らないと思うよ」
「学力のことじゃない。自分の気持ちが」

 彼は時々難しいことを言う。こういう仲になってから知ったことだけど、彼は本を読むのが好きらしい。それも漫画でなく、活字本。ろくでもないこともそれでたくさん知った……と言っていたが、こういうことも本を読んで学んだのだろうか。

「気持ちって、なに」
「今日は本当の意味で、相談する」
「どうぞ」

 言いつつ、彼の肩に頭をもたれた。相談を聴く姿勢ではない。内容次第ではあらためて正座することも吝かではない。

「恋人がいるのに、ほかの異性と二人きりで会っているおれは、どんな罪に問われる?」

 その言葉を耳にしたとき、本当は彼の身体を弾き飛ばして、部屋から転がるように出て行きたかった。それが罪にあたるのなら、親友の彼氏を寝取ったあたしはどうなる。目を瞑ってもう一度開いたら絞首台の上にいても文句は言えない。
 恋人は今更言うまでもないが、葵のことだ。では「ほかの異性」とは誰を指すのか。今更考えるのもあほくさかった。

「ふうん。きみも罪な男だね」
「おまえが言うのか」
「で、その罪作りな女はどこのどいつなのか言ってみなよ。言えるならね」
「罪作りって自覚はあるんだな」
 
 彼はあたしの想い人であり、親友の彼氏。そして共犯。
 どうやら彼にも、それと同じような意識があったらしい。
 ほどこうと糸を引っ張ったはずが、別のところでまたきつく結ばれた。手元にあるハサミを手に取るべきか今も迷っている。だが迷っているのではなく、恐れているだけだと気づくまでには、さほど時間がかからなかった。