学校を出たあたしたちは、駅の近くにあるカラオケに入った。普段なら、彼女持ちの男子と二人きりになったりはしない。いらぬ噂話を立てられるのが一番面倒臭いのをわかっているからだ。
 しかし今は違う。あたしはもう宣言しているのだ。今更コソコソしていられるか。このチャンスもこの男も逃さない。その気持ちの方が強かった。
 マイクもリモコンも出さないまま、彼をソファの方へ押しやって、部屋の奥側に座らせる。一人分くらいの間をあけて、あたしも一緒になって腰を下ろした。

「なんですぐ隣に座るんだよ」
「二人しかいないのにテーブル挟んで座んなくてもよくない? それに」

 す、と彼の方に身体を寄せる。

「遠いと聞こえないの。きみ、そんなに声小さかった?」
「それを言うなら、そっちだってそんなキャラじゃなかったろ」
「好きな人の前ではよそ行きの顔をするものでしょ。もっとも、今更そんなもんどうでもいいけどさ」

 ははっ、と吐き捨てるように笑ってからあたしは訊いた。

「相談ってなに」
「相談なんかじゃないってわかってるだろ。何なんだよ、こないだのアレは」
「なんなのかわかんなかったなら、もう一回しようか。そもそもきみは今日、相談なんかじゃなくてそれを期待してたんじゃないの」

 間違えて口の中を噛んだみたいな顔をして、彼は黙った。
 彼があたしとの出来事を忘れられるはずがない。きっと葵とは小鳥が餌を啄ばむみたいなキスしかしていないはずだ。だからこそあたしは更に上を行って、完全に彼を落としてやろうと思った。その結果が数日前だ。実際に、それは有効に機能している。
 あれきり、彼はあたしのことを意識せざるを得なかった。そして、今もあたしのことを求めている。
 一度落ちたら這い上がれない、深く冷たい溝だとも知らず。

「大丈夫。きみが浮気者でも、あたしはいいよ。普通の反応だし」
「どういうことだよ」
「誰かを好きになることは、他の誰かが止めていいものじゃない。いつ、誰を好きになったって自由でしょ。きみがもうステディがいるからどっちか決められないっていうなら、二人とも選べば?」

 自分から彼に口づけることが、いつの間にか怖くなくなっている。
 その事実に気づいたとき、あたしは自分のことがとてつもなく恐ろしくなった。このままだとあたしは、彼や葵に何をしてしまうのだろう。自分ではどうにもできなくなる領域に、既に足の指先くらいは浸かっている気がする。けれども、もう止められなかった。
 彼の二の腕にすがるように、数日前と同じくそこを手で掴む。記憶と違ったのは、彼の手はあたしの背中にまわされて、ぐいと引き寄せてきたことだ。

 彼はあたしの想い人。親友の彼氏。

 共犯。