最後の学校祭は、あたしたちのクラスが総合優勝を勝ち取ることで幕を閉じた。あの団結力はせいぜい三位止まりだろう、といわれていた下馬評をひっくり返した形になる。間に合わないかと思われていた展示作品が完成し、あろうことか部門一位を取ったのが大きく影響しているらしい。クラスTシャツに身を包んだ葵はステージに上がり、まるで卒業証書を受け取るかのように賞状を受け取った。あたしはと言えば、特にクラスに貢献した意識もなかったので、どこか冷たい気持ちでその様子を見つめていた。
 あたしがあなたの恋人を奪う。葵にそう宣言してから、なんだか心が死んだような気がする。無感動。つん、と指先で突いても反動が返ってこない。単に、ずぶりと指先が爪の白いところまで沈むような感覚。ずっとあたしは胸のやらかい部分をつんつんしている。それでも「もうだめです」とでも言いたげなほど、なんの跳ね返りもない。

 帰りのホームルームが終わると、部活動も休みになっている今日は、校舎から一気に生徒の姿が消えていった。ほぼ誰もいなくなったことを確認したあたしは一人で、ぺたぺたと上靴を鳴らして、三年A組の教室へ向かう。一階の一番端の教室。この教室に用がなければ、誰もこんな時間にここまで来ない。
 そう、用がなければ。
 引き戸をそっと開ける。半分くらい開いた段階で、教室の中で待つ人影を認めた。学校祭二日目の昨日、校舎前で開かれたクラス露店の人混みの中で、あたしはその存在をここへ呼び出していた。
 ごく自然な雰囲気をつくるために、作り笑顔をはりつけ、A組の教室に足を踏み入れる。

「久しぶり、黒元くん」
「なんでまた、こんなところに呼ぶかな」

 彼はそうは言いつつも、一番前の列の窓側で、机に腰かけていた。お世辞にも行儀がいいとは言い難いが、今はどうでもいい。とりあえず、あたしが呼び出したとおりの時間と場所に、彼が姿を現したことが素直に嬉しかった。
 彼は整った顔に警戒感を少しだけ滲ませた。

「笠島がおれのことを呼び出すとは思わなかった」
「どうして?」
「おれに用なんかないだろ。クラス違うし」
「あるよ」
「どんな」

 あたしは彼の隣にある机の上に、同じように腰を下ろした。真正面から向き合う彼の後ろから、茜色の夕陽が差し込んでいる。

「最近、葵とは順調?」
「そんな話をしに呼んだのか」
「いいからどうなのさ。ぶっちゃけ、葵もあんまりあたしに話してくれないんだよ。大切にしてるんだろうね、きみのことを」
「どうもこうも、普通に付き合ってるさ」

 よく言うわ。
 好きだけど、同じくらい憎くもある。そんな複雑な感情を抱くことはきっと人生で一度もないまま死ぬんだと思っていたが、まさか高校三年生で味わうことになるなんて。