１９９０年代初頭、まだデパートにエレベーターガールという職があったころ。

　僕の兄、モテないはカノジョがいないので、イライラしながら男友達とデパートに買い物に行きました。
　モテないがイライラしているのは、今日が特別な日だからです。
　そう、クリスマス・イブ。

　街はカップルだらけ。
　なのに、芋くさい男友達とさみしくお買い物です。

　この時点で、モテないは怒りのピークに達していました。

　エレベーターに入ると、モテないの周りはたくさんのカップルでぎゅうぎゅう詰めになり、息がつまりそうだったそうです。

　モテないの隣りにいたカップルが、イチャつきだしました。

「ねぇねぇ、今日このあとどうする？」
「え～　プレゼントくれたならいいけど……」

　この時、彼氏さんの肘がモテないの脇腹にガシガシ当たっていたそうです。
　彼女さんに夢中で、はしゃぎまくっていたらしく、仕方ありません。

　モテないは、ドスの聞いた声で、こう言いました。

「いってぇなぁ……てんめぇ、殺すぞ！」
「ひぃぃぃ！　す、すみません！」
「けっ！」

　モテないは小心者のくせに、仲の良いカップルを見ると無性にイライラするそうで、ただの八つ当たりです。

　この話を聞いた僕は思いました。

「兄ちゃんいつか、刺される」と……。

　モテないは、大学生になっても彼女ができません。
　なので、イライラが止まりません。

　当然、街中でイチャつくカップルを見ると、ブチギレします。

　モテないはいつも僕に言っていました。

「車さえあれば、俺もモテるのによ……」

　そう言って、大好きな４ＷＤの車のパンフレットを眺めていました。

　ある日、バイト帰りに自転車で帰宅しようとすると、いきなり車が飛び出してきたそうです。

　そのせいで、モテないはこけてしまいました。
　相手の車はモテないが一番欲しいジープ。
　運転席に彼氏さん、助手席に可愛らしい女子大生。

　モテないは、とうとうキレてしまいました。

「おいコラぁ！　車から降りてこいや！」
　相手の彼氏さんも負けません。
「なんだとこら！　お前の方こそ、あぶねーだろ！」
　
　この時、モテないは思いました。
（こいつ女の前だから、格好つけてんな）

　倒れた自転車を投げ飛ばし、怒鳴りました。

「てんめぇ……ぶち殺すぞ！」

　助手席にいた彼女さんが震えあがり、彼氏さんにこう言ったそうです。

「あの人ヤバイって！　ヤクザよ、絶対！」

　こうして、彼女さんの計らいにより、なんとかその場をおさめてもらいました。

　僕はこの話を聞いて思いました。

「兄ちゃん、ラブリーな雑貨屋の店長なのに、ヤクザに間違われていつか刺されるな」

　モテないも三十路前になり、なんとかやっとの思いで、彼女と付き合うことができました。
　１５万円で買ったオンボロのジープで、デートに誘えたそうです。
　なんと有言実行したのです。

　すると、今までのイライラはどこへやら。毎日ぽわわ～んとヘラヘラ笑って気持ち悪いです。
　そして彼女さんと結婚することができました。

　それ以来、今の奥さんにしっかり躾をされたモテないは、ポメラニアンのような大人しい小動物に生まれ変わりました。

　僕はこの話を聞いて思いました。

「兄ちゃん、刺されなくて良かったね」と……。

　了