久しぶりにそらちゃんに会えるから、ぼくの心は緊張すると思っていた。
だけど、自分でも驚くほど落ち着いていて、淡々と神栖へと向かっている。
そらちゃんに会えたら、まず何を話そう。
そらのことを忘れていたぼくに対して腹がたったか?とか。
なんでぼくとの約束破って、図書館に来なかったんだよ!とか。
今まで忘れていてごめんね。とか。
どれだけ謝っても、そらちゃんを忘れていた事実は変わらないことはもちろん分かっている。
分かっていた。
何を言っても、そらちゃんがこの世に帰ってこないことだってもちろん分かってる。
そらちゃんは七年前にこの世を去っているのだから。
だけど、伝えなければいけなかった。
君のことを忘れててごめんねって。
助けてあげられなくてごめんねって。
よく、がんばったねって。
ぼくを許して欲しいって。
電車はぼくを乗せて、うなりを上げながら海へと向かっていき、ビルがどんどん木に変わっていく。
ぼくは"思い出の海"を抱きしめながら、揺れに身を任せている。
電車に乗っている時間なんて感じなかった。
遠くまで来ているのか、それすらも曖昧だった。
ぼくの頭にあるのは、そらちゃんと会えたら。
それだけ。
ようやく目的の駅に着いた。
いつのまにか、電車に乗っていたのはぼくだけになっていた。
「ここか…」
周りを見渡すが、見覚えはない。
だけど、不思議と行くべき方向は分かる。
木々が連ねる道をひとりあるいていく。
道では誰ともすれ違わない。
ただ静寂の中をひたすらに歩いていく。
しばらく歩いたところで、潮風が鼻をついた。
その時、頭に記憶が流れ込んでくる。
『かいくん…わたし…だめかも…』
そらちゃんが、ぼくを呼んでいる。
ただひたすらに歩みを進める。
だんだんと波の音が聞こえてくる。
『水平線を…向こうまで…』
そらちゃんの声が頭に響く。
「そらちゃん…もうすぐだから…」
そのとき、地面が日に照らされた。
ぼく以外、だれもいない海がそこには広がっている。
波の音は、もうしっかりと聞こえている。
潮の香りもしっかりと。
足をとめて、ゆっくりと顔を上げる。
太陽がまぶしい中、ぼくは目を見開く。
砂浜も。水も。水平線も。
そこにはぼくの求めていたすべてがあった。
写真に写っていた海が。
そらちゃんと探していた海が。
太陽を反射して、宝石が浮いているかのように水が輝いている。
ぼくは体全体を震わせて、無意識に涙を流していた。
「あった…ここだ…間違いない…あった…!あった!!」
涙を拭いながら海を見つめる。
震える足を進めながら、砂浜へと入っていく。
砂も真っ白で美しく、まるで別世界にいるようなそんな気がした。
砂浜へ入ってから、ぼくは膝から崩れた。
「やっとみつけた…やっと…」
見つけることができた感動を抑えきれない中、青井さんの言葉を思いだす。
『そらは、神栖の海で溺れて亡くなっていたって…』
そらちゃんは、七年前にこの海でこの世を去った。
雨の降る中ひとりで死んでいった。
「そらちゃんは…ここで…この海で…そらちゃん…そらちゃん…」
いくら名前を呼んでも、帰ってくるのは波の音。
誰もいない浜辺に響くのは、ぼくの声と波の音だけ。
ぼくはもっていた"思い出の海"をみつめた。
「ぼくは確かに七年前にここに来たんだ…そらちゃんと…」
ぼくがうなだれていると、夏なのにも関わらず周りがどんどん暗くなってきた。
太陽がじわじわと沈んでいき、水平線へと近づいていく。
ここの海だけが、周りよりも時間が早くながれているように感じる。
みるみるうちに辺りは赤く染まっていく。
「え…なにが…」
夕日がより赤く染まったと思ったその時だった。
目をつむってしまうほどの強い光がぼくを包み込んだ。
「うっ…」
手で目をさえぎる。
光に包み込まれた瞬間に、頭の中にたくさんの声が流れ込んでくる。
『おまえなんて!死んじまえ!!』
『お母さんのことは悪く言わないでよ!!』
『そら、ほんとに大丈夫なの…?』
『そらは…大事な妹だから…』
『お父さんは…お父さんに会いたいよ!!』
『わたし…もうだめかもしれない…』
『私を許して欲しいの!!私は…強くなかった!!』
少しして、ゆっくりと目を開けていく。
波打ち際に目を向けたとき、ぼくは自分の目を疑った。
海の方を向いて、ひとり少女が立っている。
ぼくは反射的に立ち上がった。
「くう…く…そらちゃん!そらちゃん!!」
間違いなかった。
風になびく髪。
出会ったときに身に着けていた制服。
ぼくは荷物を置きっぱなしにしたまま走り出した。
「そらちゃん!そらちゃん!!」
そらちゃんは何も反応しない。
一心不乱に走り、そらちゃんの少し後ろで足を止めた。
疲れと興奮で、息が激しく切れている。
「そらちゃん…」
なにも返ってこない。
「探してたんだよ…ずっと…」
少し間を開けてから、柔らかく、優しい声が聞こえてくる。
「信じてたよ。かいくんが、ここに来てくれるって」
返答はするが、いまだに顔は見せてくれない。
「もっと…もっとはやくここに来たかったよ…。もっとはやく…そらちゃんのことを…思い出したかった…」
涙はとっくに止まることをしらない。
「なんで…なんで初めからここに…」
そらちゃんは静かに海を見ている。
「なんで…もっと早くここに連れてきてくれなかったの…」
風は温かく、ぼくらを包み込むように吹き続けている。
「かいくんと、少しでも長く一緒にいたかったの。少しでも長く、顔を眺めていたかった」
「それでも…!それでもぼくは…そらちゃんのこと忘れてたんだ…七年間も…ずっと…」
ぼくは必死になって続ける。
「そらちゃんが会いに来るまで…ずっと無意識に生きてきた…。ずっと忘れてたけど…ぼくはそらちゃんが大事だったんだ!ぼくを認めてくれて、ぼくをかわいがってくれて!そらちゃんは…そらちゃんはぼくにとってお姉ちゃんみたいな存在なんだ!!だから!だからもう一度…もう一度ぼくといっしょにいてほしいんだ!
もう一度…」
ぼくの必死の訴えにも、そらちゃんから返ってきたのは一言だった。
「だめだよ」
「なんで…なんで…!」
ダメということは、前から分かっていたはずだった。
だけど、そらちゃんを前にしてしまうと、ダメなことでもどうにかしてでもと考えてしまう。
「私はもう生きてないんだよ」
「そんなの知ってる!そんなこと知ってるよ!!だけどそんなことどうだっていい!ぼくはただ、そらちゃんにずっと!ずっと一緒にいてほしいだけなんだよ!!」
心からの願いだった。
そらちゃんには、ただ一緒にいてほしい。
生きていなくたって、なんだってよかった。
「かいくん。ごめんね」
「おねがいだ…そらちゃん…おねがい…もうどこにもいかないで…ぼくと一緒にいてください…」
顔の下の砂浜は、雨が降ったかのように涙が濡らしていた。
「かいくんのことが本当に大事だったの。こんな私と一緒にいてくれて、いっぱいくっついてくれて。私にたくさん好きっていってくれた。学校でひとりだった私はかいくんに救われてた。ほんとにうれしかったの。かいくんが私と同級生だったらなってたくさん思ったよ」
久しぶりに聞く声は、前のくうのような明るさではなく、とても落ち着いていて、ぼくを慰めてくれるような優しい声をしていた。
「ぼくと生きて欲しかった…ぼくと同じ時間を…。なんでぼくを置いて行っちゃったの…」
そらちゃんと話せる時間はもうすぐ終わりがくる。
そんな気がしていた。
「最初は、私が耐えてればって、私が強くあればって思ってたの。お母さんを、お姉ちゃんを、大事な友達を悲しませないためなら、どんなに酷いいじめをうけても頑張ろうって。」
そらちゃんは、ひとりで戦い続けてたのだ。
周りの人を心配させまいと。
「だけどね、私はそんなに強くなかったの。たくさん自分をごまかしてみたり、笑顔を作ったりしてたけど、だめだった。ほんとはもっと、もっと一緒にいたかった。
お母さんも。お姉ちゃんも。かいくんも。大好きな友達も、みんなと」
「そらちゃんは変わらないのに…あのときのままなのに…。ぼくはこんなに大きくなったんだよ…もう十九歳だよ…そらちゃんを追い越しちゃったよ…」
ぼくは、自分でも気づかぬうちにそらちゃんの年齢をぬかした。
そらちゃんよりも大人になった。
そらちゃんは永遠に十八歳なんだ。
『私は永遠の十八歳なのっ』
そらちゃんがぼくの年齢を越すことはない。
成人することも、絶対にない。
そらがゆっくりとこちらへ振り返った。
大粒の涙をたくさん流している。
「そらちゃん…」
そらちゃんは、涙を流しながらまぶしいくらいの笑顔を作る。
「かいくん…おおきくなったねっ」
それは、ほんとうにお姉ちゃんのような、ぼくを包み込む優しい表情だった。
そらちゃんの体が少しずつ薄くなっている。
呼吸が止まるくらい嗚咽交じりに涙があふれだした。
「ああぁ…いやだ…いやだよ…」
そらちゃんは海の方へ向きなおして、海の方へ歩いていく。
そらちゃんの体は、微かに海の上を歩いているように見えた。
水平線に近づいていくうちに、体が風に溶けているかのように。
「まって…まって…そらちゃ…そら…やだ…まって!」
あふれ出る涙をこぼしながら、必死にそらちゃんを追いかけて海に入っていく。
服が濡れることなんて気にするわけがなかった。
「いかないで!いかないでよ!もう忘れたりしないから!!」
そらちゃんはゆっくり歩いているように見えるが、不思議と追い付くことができない。
「いやだ!いやだ!もっとぼくと一緒にいてよ!!」
水はどんどんと深くなっていき、腰辺りまで来ている。
「ぼくも一緒に水平線まで行くから!ひとりでいかないで!!」
もうそらちゃんの姿はほとんど見えなくなっており、水は首ほどまでになっている。
後ろから服をつかまれて大きな声をかけられる。
「きみ!なにしてるんだ!あぶないぞ!!」
危ないなんてどうだっていい。
ただそちゃんに追いつくことだけを考えていた。
「やめてくれ!!はなせよ!!いかないと!!はやくいかないとだめなんだ!!!」
「やめろ!!死ぬぞ!!!」
もうそらちゃんの姿は完全に無くなっている。
「あああああああ!!!まだ!!まだ!!!」
「やめろ!!おい!!やめるんだ!!!」
「そら!!!そら!!!あああああああああああああああ!!!!!」
呼吸が苦しくなり、だんだんと意識が遠のいていった。
『かいくんにお願いがあるの。私の家族に、私のことを自分のせいだと思ってほしくないの。だから、そのことを伝えてほしい。ずっと大好きだよって』
最後に一瞬、美しく光る水平線だけが目に入った。
だけど、自分でも驚くほど落ち着いていて、淡々と神栖へと向かっている。
そらちゃんに会えたら、まず何を話そう。
そらのことを忘れていたぼくに対して腹がたったか?とか。
なんでぼくとの約束破って、図書館に来なかったんだよ!とか。
今まで忘れていてごめんね。とか。
どれだけ謝っても、そらちゃんを忘れていた事実は変わらないことはもちろん分かっている。
分かっていた。
何を言っても、そらちゃんがこの世に帰ってこないことだってもちろん分かってる。
そらちゃんは七年前にこの世を去っているのだから。
だけど、伝えなければいけなかった。
君のことを忘れててごめんねって。
助けてあげられなくてごめんねって。
よく、がんばったねって。
ぼくを許して欲しいって。
電車はぼくを乗せて、うなりを上げながら海へと向かっていき、ビルがどんどん木に変わっていく。
ぼくは"思い出の海"を抱きしめながら、揺れに身を任せている。
電車に乗っている時間なんて感じなかった。
遠くまで来ているのか、それすらも曖昧だった。
ぼくの頭にあるのは、そらちゃんと会えたら。
それだけ。
ようやく目的の駅に着いた。
いつのまにか、電車に乗っていたのはぼくだけになっていた。
「ここか…」
周りを見渡すが、見覚えはない。
だけど、不思議と行くべき方向は分かる。
木々が連ねる道をひとりあるいていく。
道では誰ともすれ違わない。
ただ静寂の中をひたすらに歩いていく。
しばらく歩いたところで、潮風が鼻をついた。
その時、頭に記憶が流れ込んでくる。
『かいくん…わたし…だめかも…』
そらちゃんが、ぼくを呼んでいる。
ただひたすらに歩みを進める。
だんだんと波の音が聞こえてくる。
『水平線を…向こうまで…』
そらちゃんの声が頭に響く。
「そらちゃん…もうすぐだから…」
そのとき、地面が日に照らされた。
ぼく以外、だれもいない海がそこには広がっている。
波の音は、もうしっかりと聞こえている。
潮の香りもしっかりと。
足をとめて、ゆっくりと顔を上げる。
太陽がまぶしい中、ぼくは目を見開く。
砂浜も。水も。水平線も。
そこにはぼくの求めていたすべてがあった。
写真に写っていた海が。
そらちゃんと探していた海が。
太陽を反射して、宝石が浮いているかのように水が輝いている。
ぼくは体全体を震わせて、無意識に涙を流していた。
「あった…ここだ…間違いない…あった…!あった!!」
涙を拭いながら海を見つめる。
震える足を進めながら、砂浜へと入っていく。
砂も真っ白で美しく、まるで別世界にいるようなそんな気がした。
砂浜へ入ってから、ぼくは膝から崩れた。
「やっとみつけた…やっと…」
見つけることができた感動を抑えきれない中、青井さんの言葉を思いだす。
『そらは、神栖の海で溺れて亡くなっていたって…』
そらちゃんは、七年前にこの海でこの世を去った。
雨の降る中ひとりで死んでいった。
「そらちゃんは…ここで…この海で…そらちゃん…そらちゃん…」
いくら名前を呼んでも、帰ってくるのは波の音。
誰もいない浜辺に響くのは、ぼくの声と波の音だけ。
ぼくはもっていた"思い出の海"をみつめた。
「ぼくは確かに七年前にここに来たんだ…そらちゃんと…」
ぼくがうなだれていると、夏なのにも関わらず周りがどんどん暗くなってきた。
太陽がじわじわと沈んでいき、水平線へと近づいていく。
ここの海だけが、周りよりも時間が早くながれているように感じる。
みるみるうちに辺りは赤く染まっていく。
「え…なにが…」
夕日がより赤く染まったと思ったその時だった。
目をつむってしまうほどの強い光がぼくを包み込んだ。
「うっ…」
手で目をさえぎる。
光に包み込まれた瞬間に、頭の中にたくさんの声が流れ込んでくる。
『おまえなんて!死んじまえ!!』
『お母さんのことは悪く言わないでよ!!』
『そら、ほんとに大丈夫なの…?』
『そらは…大事な妹だから…』
『お父さんは…お父さんに会いたいよ!!』
『わたし…もうだめかもしれない…』
『私を許して欲しいの!!私は…強くなかった!!』
少しして、ゆっくりと目を開けていく。
波打ち際に目を向けたとき、ぼくは自分の目を疑った。
海の方を向いて、ひとり少女が立っている。
ぼくは反射的に立ち上がった。
「くう…く…そらちゃん!そらちゃん!!」
間違いなかった。
風になびく髪。
出会ったときに身に着けていた制服。
ぼくは荷物を置きっぱなしにしたまま走り出した。
「そらちゃん!そらちゃん!!」
そらちゃんは何も反応しない。
一心不乱に走り、そらちゃんの少し後ろで足を止めた。
疲れと興奮で、息が激しく切れている。
「そらちゃん…」
なにも返ってこない。
「探してたんだよ…ずっと…」
少し間を開けてから、柔らかく、優しい声が聞こえてくる。
「信じてたよ。かいくんが、ここに来てくれるって」
返答はするが、いまだに顔は見せてくれない。
「もっと…もっとはやくここに来たかったよ…。もっとはやく…そらちゃんのことを…思い出したかった…」
涙はとっくに止まることをしらない。
「なんで…なんで初めからここに…」
そらちゃんは静かに海を見ている。
「なんで…もっと早くここに連れてきてくれなかったの…」
風は温かく、ぼくらを包み込むように吹き続けている。
「かいくんと、少しでも長く一緒にいたかったの。少しでも長く、顔を眺めていたかった」
「それでも…!それでもぼくは…そらちゃんのこと忘れてたんだ…七年間も…ずっと…」
ぼくは必死になって続ける。
「そらちゃんが会いに来るまで…ずっと無意識に生きてきた…。ずっと忘れてたけど…ぼくはそらちゃんが大事だったんだ!ぼくを認めてくれて、ぼくをかわいがってくれて!そらちゃんは…そらちゃんはぼくにとってお姉ちゃんみたいな存在なんだ!!だから!だからもう一度…もう一度ぼくといっしょにいてほしいんだ!
もう一度…」
ぼくの必死の訴えにも、そらちゃんから返ってきたのは一言だった。
「だめだよ」
「なんで…なんで…!」
ダメということは、前から分かっていたはずだった。
だけど、そらちゃんを前にしてしまうと、ダメなことでもどうにかしてでもと考えてしまう。
「私はもう生きてないんだよ」
「そんなの知ってる!そんなこと知ってるよ!!だけどそんなことどうだっていい!ぼくはただ、そらちゃんにずっと!ずっと一緒にいてほしいだけなんだよ!!」
心からの願いだった。
そらちゃんには、ただ一緒にいてほしい。
生きていなくたって、なんだってよかった。
「かいくん。ごめんね」
「おねがいだ…そらちゃん…おねがい…もうどこにもいかないで…ぼくと一緒にいてください…」
顔の下の砂浜は、雨が降ったかのように涙が濡らしていた。
「かいくんのことが本当に大事だったの。こんな私と一緒にいてくれて、いっぱいくっついてくれて。私にたくさん好きっていってくれた。学校でひとりだった私はかいくんに救われてた。ほんとにうれしかったの。かいくんが私と同級生だったらなってたくさん思ったよ」
久しぶりに聞く声は、前のくうのような明るさではなく、とても落ち着いていて、ぼくを慰めてくれるような優しい声をしていた。
「ぼくと生きて欲しかった…ぼくと同じ時間を…。なんでぼくを置いて行っちゃったの…」
そらちゃんと話せる時間はもうすぐ終わりがくる。
そんな気がしていた。
「最初は、私が耐えてればって、私が強くあればって思ってたの。お母さんを、お姉ちゃんを、大事な友達を悲しませないためなら、どんなに酷いいじめをうけても頑張ろうって。」
そらちゃんは、ひとりで戦い続けてたのだ。
周りの人を心配させまいと。
「だけどね、私はそんなに強くなかったの。たくさん自分をごまかしてみたり、笑顔を作ったりしてたけど、だめだった。ほんとはもっと、もっと一緒にいたかった。
お母さんも。お姉ちゃんも。かいくんも。大好きな友達も、みんなと」
「そらちゃんは変わらないのに…あのときのままなのに…。ぼくはこんなに大きくなったんだよ…もう十九歳だよ…そらちゃんを追い越しちゃったよ…」
ぼくは、自分でも気づかぬうちにそらちゃんの年齢をぬかした。
そらちゃんよりも大人になった。
そらちゃんは永遠に十八歳なんだ。
『私は永遠の十八歳なのっ』
そらちゃんがぼくの年齢を越すことはない。
成人することも、絶対にない。
そらがゆっくりとこちらへ振り返った。
大粒の涙をたくさん流している。
「そらちゃん…」
そらちゃんは、涙を流しながらまぶしいくらいの笑顔を作る。
「かいくん…おおきくなったねっ」
それは、ほんとうにお姉ちゃんのような、ぼくを包み込む優しい表情だった。
そらちゃんの体が少しずつ薄くなっている。
呼吸が止まるくらい嗚咽交じりに涙があふれだした。
「ああぁ…いやだ…いやだよ…」
そらちゃんは海の方へ向きなおして、海の方へ歩いていく。
そらちゃんの体は、微かに海の上を歩いているように見えた。
水平線に近づいていくうちに、体が風に溶けているかのように。
「まって…まって…そらちゃ…そら…やだ…まって!」
あふれ出る涙をこぼしながら、必死にそらちゃんを追いかけて海に入っていく。
服が濡れることなんて気にするわけがなかった。
「いかないで!いかないでよ!もう忘れたりしないから!!」
そらちゃんはゆっくり歩いているように見えるが、不思議と追い付くことができない。
「いやだ!いやだ!もっとぼくと一緒にいてよ!!」
水はどんどんと深くなっていき、腰辺りまで来ている。
「ぼくも一緒に水平線まで行くから!ひとりでいかないで!!」
もうそらちゃんの姿はほとんど見えなくなっており、水は首ほどまでになっている。
後ろから服をつかまれて大きな声をかけられる。
「きみ!なにしてるんだ!あぶないぞ!!」
危ないなんてどうだっていい。
ただそちゃんに追いつくことだけを考えていた。
「やめてくれ!!はなせよ!!いかないと!!はやくいかないとだめなんだ!!!」
「やめろ!!死ぬぞ!!!」
もうそらちゃんの姿は完全に無くなっている。
「あああああああ!!!まだ!!まだ!!!」
「やめろ!!おい!!やめるんだ!!!」
「そら!!!そら!!!あああああああああああああああ!!!!!」
呼吸が苦しくなり、だんだんと意識が遠のいていった。
『かいくんにお願いがあるの。私の家族に、私のことを自分のせいだと思ってほしくないの。だから、そのことを伝えてほしい。ずっと大好きだよって』
最後に一瞬、美しく光る水平線だけが目に入った。