まだ僕と妻が付き合いはじめころの話だ。
 僕が二十歳で彼女が十八才。

 彼女が言うには、人生で痴漢にあったことがない。
 周りの女友達はたくさん尻を触られるのに「私だけされたことがない」となぜか怒っていた。
 まあ当然彼氏の僕は、そんな経験必要ない。むしろやられたら、怒るよと諭していた。

 彼女曰く、女として魅力がないからじゃないか? と疑っていた。
 ちょっと僕にはわからない感覚だった。
 好きでもない男に触られて嬉しいか? ということ。
 そう彼女に伝えても、女としての意地みたいなもんだと言っていた。
 (現在はそんなこと思っていないらしい)
 まあ若いから、そういうことを思っていたのだろう。
 危険な考えだ。なにかと物騒な世の中だし。


 未だ僕の妻は痴漢の経験はない。パートナーの僕からしたら、非常に安心できる。
 だが、それは違った。
 彼女は天然なところがある。
 つまり鈍い。

 結婚してしばらくして、プールの話をしていた時だ。
 潰れたプールの話題になって、懐かしいと盛り上がっていた。

「ああ、あそこのプールに小学生の時、よく行ったよ」
 最初は楽しい思い出を語っていた妻だが、何かを思い出したかのように語り出した。

「あのプールでさ。一回変な人にあったんだよね」
「え、変な人?」
 僕は嫌な予感がした。

「うん。女友達と流れるプールで泳いでたらさ。後ろからびったりくっついて来る男の人がいてね……」
「ちょっと待って。それ妻ちゃんがいくつのとき?」
「えっと、小学校の5、6年生ぐらいかな」
 僕も妻も成長が早いほうで、高学年の頃には第二次性徴が始まっていた。
 不安が的中して、悪寒が走った。

「それで、その人はなにをしてきたの?」
 語気が強まる。
「別になにをしてくるわけじゃないけど、ずっと私の後ろにべったりくっついて、なんか固いものをお尻あたりにグリグリしてきたんだよね」
「……」
 やはりか。

「しつこいから、振り返って相手の顔見たら、『チッ!』て言って逃げていったよ。なんだったんだろうね?」
 
 それ痴漢だよ……とは言えなかった。