そんなこんなで、迎えた出産予定日。その早朝に、陣痛が始まった、とみづほの母からのLINEメッセージが届いたのだった。落ち着け、という方が無理な話である。
今は午後3時過ぎ。メッセージが届いてから、すでに9時間を超えている。こんなにも時間がかかるものなのか。兄は妻子持ちだが、子供が生まれる時の話を詳細に聞いたことはないから、この状態が一般的なのかどうかはわからない。
だが出産にともなう痛みが尋常じゃないのはよく聞く話だし、その痛みと9時間以上もみづほが闘っているのかと思うと、気が気じゃなかった。午後の仕事をどうやってこなしていたのか、後から思い返してもよくは思い出せない、そんな精神状態で過ごしていた。
──そして、午後8時を過ぎた頃。
尚隆は今日も残業をしていた。さほど急ぎの仕事ではなかったのだが、何かしていないと気が紛れない、家に帰ってもじりじりしているだけで落ち着かないと思って。加えて、最近残業が多いのは、仕事自体がそこそこ忙しいからでもあるが、将来のため、貯金する金額を少しでも増やすためでもある。
先日の指輪購入で貯金のかなりの部分を消費したし、みづほにいくらか渡しつつも多少は金を貯める、となるとやはり意識的に残業を増やさないと追っ付かない。見積書数件を、計算や文章を間違えないように気をつけて作成し、ともすれば上の空になりがちな己を叱咤して作業していると。
ピコン、とスマートフォンの通知音が鳴った。この音は、LINEだ。作業を放り出してスマホに飛びつく。
みづほの母からのメッセージが入っていた。時間は今。
『生まれました。女の子です』
簡潔な文章に続いて、1枚の写真。汗だくのみづほの顔、そして隣には生まれたばかりの赤ん坊。
知らず、スマホを握りしめていた。
今ほど、どういう言葉で表現すべきかわからない気持ちを感じたことは、たぶんなかった。感動と、緊張が解けた脱力感と、喜びやら嬉しさやらが一緒くたになった感じ。
……ああそうだ、感謝、だ。
こんなに長い時間、いや長い日にちをかけて育んだ命を、この世に産み出してくれた彼女への、感謝の思い。汗で髪が貼りつき、疲れ切った表情にもかかわらず、写真の顔が尊く思えた。
震える手で握っているスマートフォンが、また新たに着信音を鳴らす。今日3つ目のメッセージだった。
『名前は、考えてくれましたか?』
そうだった。連絡を取る中で、子供がおそらく女の子であることも聞いていて、できれば尚隆も名前を考えていてほしい、と言われたのだった。みづほの母が考えたことにして、候補の一つとして提案するからと。
なので、非常に照れくさい思いをしながら『赤ちゃんの名付け・女の子編』といった本を買って、1週間ほど真面目に考えた。いくつか候補を書き出して再度悩み、みづほの娘にふさわしいと思うものを、ひとつ決めている。
深呼吸をしてから、返信を打ち込み、送信した。
みづほの母からは『わかりました』と短く返ってきた。
数日後、LINEで送られてきたのは、名前が決まったという報告メッセージ。
『みづほが、一番しっくり来ると言って決めました』
──凛。
それは、尚隆が考えて伝えた名前だった。
今は午後3時過ぎ。メッセージが届いてから、すでに9時間を超えている。こんなにも時間がかかるものなのか。兄は妻子持ちだが、子供が生まれる時の話を詳細に聞いたことはないから、この状態が一般的なのかどうかはわからない。
だが出産にともなう痛みが尋常じゃないのはよく聞く話だし、その痛みと9時間以上もみづほが闘っているのかと思うと、気が気じゃなかった。午後の仕事をどうやってこなしていたのか、後から思い返してもよくは思い出せない、そんな精神状態で過ごしていた。
──そして、午後8時を過ぎた頃。
尚隆は今日も残業をしていた。さほど急ぎの仕事ではなかったのだが、何かしていないと気が紛れない、家に帰ってもじりじりしているだけで落ち着かないと思って。加えて、最近残業が多いのは、仕事自体がそこそこ忙しいからでもあるが、将来のため、貯金する金額を少しでも増やすためでもある。
先日の指輪購入で貯金のかなりの部分を消費したし、みづほにいくらか渡しつつも多少は金を貯める、となるとやはり意識的に残業を増やさないと追っ付かない。見積書数件を、計算や文章を間違えないように気をつけて作成し、ともすれば上の空になりがちな己を叱咤して作業していると。
ピコン、とスマートフォンの通知音が鳴った。この音は、LINEだ。作業を放り出してスマホに飛びつく。
みづほの母からのメッセージが入っていた。時間は今。
『生まれました。女の子です』
簡潔な文章に続いて、1枚の写真。汗だくのみづほの顔、そして隣には生まれたばかりの赤ん坊。
知らず、スマホを握りしめていた。
今ほど、どういう言葉で表現すべきかわからない気持ちを感じたことは、たぶんなかった。感動と、緊張が解けた脱力感と、喜びやら嬉しさやらが一緒くたになった感じ。
……ああそうだ、感謝、だ。
こんなに長い時間、いや長い日にちをかけて育んだ命を、この世に産み出してくれた彼女への、感謝の思い。汗で髪が貼りつき、疲れ切った表情にもかかわらず、写真の顔が尊く思えた。
震える手で握っているスマートフォンが、また新たに着信音を鳴らす。今日3つ目のメッセージだった。
『名前は、考えてくれましたか?』
そうだった。連絡を取る中で、子供がおそらく女の子であることも聞いていて、できれば尚隆も名前を考えていてほしい、と言われたのだった。みづほの母が考えたことにして、候補の一つとして提案するからと。
なので、非常に照れくさい思いをしながら『赤ちゃんの名付け・女の子編』といった本を買って、1週間ほど真面目に考えた。いくつか候補を書き出して再度悩み、みづほの娘にふさわしいと思うものを、ひとつ決めている。
深呼吸をしてから、返信を打ち込み、送信した。
みづほの母からは『わかりました』と短く返ってきた。
数日後、LINEで送られてきたのは、名前が決まったという報告メッセージ。
『みづほが、一番しっくり来ると言って決めました』
──凛。
それは、尚隆が考えて伝えた名前だった。