その電話は、金曜の夜にかかってきた。
「広野さん、私やっぱり、納得いかなくて……お会いして話をしたいんですが、いいですか」
「もちろんです」
いいですかも何も、こちらは最初から、会ってきちんと話をしたいと申し出ていたはずだ。用件はすでに電話で伝えたとはいえ。それを、なんやかやと理由をつけて会う機会を作ってくれなかったのは、澄美子の方である。
自分が出張の間は致し方なかったにせよ、帰国してからすでに、1ヶ月以上が経っていた──澄美子はその間、何を考えていたのだろう。
おそらく、いや絶対に、すさまじい勢いで責められるに違いない。当然、覚悟の上だ。
明日の午後に会う約束をして、通話を終えた。
尚隆が待ち望んでいた連絡が来たのは、澄美子からの電話が来る、ほんの1時間ほど前だった。
「いま電話大丈夫か? 連絡、取れたぞ」
「ほんとか?」
「おう、海外のしかも奥地だから、時間かかっちまったけどな。やっとメール見られる環境に戻ってきて、こっちが送ったのを読んだって」
電話の相手は、大学のサークルで同期、かつ自分たちの代で部長を務めていた、竹口という男である。みづほが姿を消して、行方を調べる中で思い出したのが、彼だった。
不動産屋はもちろんのこと、会社の総務にも、個人情報は明かせませんと連絡先は教えてもらえなかった。携帯も、いつの間にか着信拒否登録されたようで、呼び出し音すら鳴らせなくなってしまった。
途方に暮れかけた時、年賀状の存在を思い出した。さほど多くはない枚数のハガキの中に、律儀に毎年送ってきていた竹口のものがあり、彼ならば、もしくは彼のツテで誰かをたどれば、みづほの実家の住所を知ることができるのではないかと思った。
果たして、竹口自身はみづほの実家も現在の居場所も知らなかったが(手元にある年賀状は元のマンションの住所で来ていた)、彼女と仲の良かった女子部員の何人かには覚えがあると言った。尚隆が事情を包み隠さず話すと、しばしつるし上げのようにからかわれた後、元女子部員の誰かなら知っているかもしれない、連絡を試みてやるよ、と請け負ってくれた。
竹口は、若干冗談の過ぎるところはあるが、幹部が指名で決まるサークルの中で部長をやっていたぐらいだから、頼りがいは間違いなくある。だから、彼に任せておけばきっと何とかなる、そう思えた。
頼んでから半月ほど経った頃、竹口の方から経過報告の電話があった。4人に連絡を取ったところ、残念ながら3人からは「知らない」との回答が返ってきた。残る一人がみづほと一番親しかった女子だが、彼女は現在NGO団体に所属、理系卒の経歴を生かして発展途上国の生活向上に尽力する活動を行っているため、日本にはいない。だが中学からの友人だった彼女、村松佐和子なら知っている可能性は高いから、連絡が付くまでメールを送り続けてみる──と。
そしてさらに半月以上が過ぎた今日、村松嬢からの連絡が竹口のもとに届いたらしい。内容が急を要しているようだったからと、メールではなく国際電話で。
『みいちゃんの実家ね、古い年賀状かアドレス帳見ればわかるはずなんだけど、どっちも手元になくて。実家の親に頼んで、年賀状探してもらってるから、もうしばらく待ってて』
みづほを「みいちゃん」と呼び、一言も残さずに会社を辞め姿を消したみづほのことを、村松嬢は非常に心配していたという。
『誰が探してるって、広野くん? ふうん、本気で?』
と、尚隆に対しての、ある種辛辣な物言いもしっかり付け加えられていたと、竹口づてで聞かされた。それだけ親しい間柄であるならば、大学時代の件もとうの昔に、みづほから聞いているのかもしれなかった。
「てなわけだから、もうちょっとしたらわかると思う。悪いな、時間かかっちまって」
「いや、そっちのせいじゃないし、仕方ないだろ。こっちこそややこしいこと頼んじまってすまない」
「住所わかったらどうすんだ、会いに行くのか」
「当たり前だろ」
そのために今、探しているのだ。このまま関係がフェードアウトすることなど、到底認められなかった。