青空高校職員室では原則全員参加の飲み会が年に3回行われる。歓迎会、忘年会、送別会だ。師走、すなわち12月は忘年会の季節である。
「じゃ、幹事は佐藤先生で!」
教頭の鶴の一声で、佐藤が忘年会幹事に指名された。忘年会など、イベントごとの幹事は若者の仕事らしい。たしかに大学でもこういうイベントを仕切っていたのは下級生だったような。などと思いながら、佐藤は引き受けた。
幹事の仕事は実に多い。店の選択、店との交渉、日程設定、出欠のとりまとめ、出欠変更の連絡、二次会の設定、精算などなど。佐藤は酒が好きだが、このような、調整が必要となる業務は不得手だった。
「佐藤先生、店、ここどうだい?」
「佐藤先生、店に連絡したから〜」
「佐藤先生、日程、ここにしない?」
「佐藤先生、村田先生が欠席に変更だって」
結局、幹事を指名しておきながら、ほとんどの仕事を教頭がしてくれた。きっと教頭はこういうことが好きなんだろう。佐藤のできなさ具合を心配したのもあるだろうが。
佐藤が酒好きだとバレてから、教頭は飯田や今野も誘ってよく焼肉や居酒屋に連れて行ってくれた。いつも料金は割り勘だった。「昔は上司が出してくれたのにな!」と、今野はいつも文句を言っていた。歓迎会以来の全員で集まる飲み会に、教頭は(イタイくらい)張り切っていた。
あっという間に忘年会当日となった。教頭が「今日は定時退勤と、定時乾杯にご協力ください」とアナウンスした。飯田は「こういう時は、若者が1番に着かないと!」と佐藤を連れて40分前から店で待っていた。おしぼりで手を温めて、1番入り口で先輩方が到着するのを待つ。
料理は温かいもの以外、次々と運ばれてくる。前菜、刺身、鍋、お寿司。そして、盃とグラスも並んでいる。
会計は飯田の役目だった。ひとりひとり、「気がたしかなうちに」料金をもらう。乾杯は校長にお願いした。席次にも気を配る。サラダなど、大皿料理は若者が取り分けるから、若い者が固まらないように取り決めた。
宴が始まり、若手の飯田、佐藤はビール片手に先輩方の席を回る。先輩の飲み物が切れないか、常に気を配る。正直、食べたり飲んだりを楽しんではいられない。こうやって会話を重ねることが楽しく、宴会の目的なのだと教頭は言う。校長が帰った二次会のカラオケになって、ようやく酔いが回ってきた。
冬休みになって、出勤する先生がまばらになった。夏休みも冬休みも、先生方にとっても「お休み気分」なのだ。もともと人が少ないが、今日の出勤者は教頭、村田、佐藤だけだった。村田は部活指導で体育館に詰めているから、自然と教頭、佐藤の2人きりになる。
「いやー、佐藤先生。忘年会、サイコーだね!」
教頭は佐藤を褒めるが、佐藤は「褒められるようなことはしていない」と思っている。結局、予約を取ったのも、出欠確認や連絡をしたのも教頭。当日の会計や盛り上げも全部飯田がやってくれた。私ができたことは何もない、と思っている。
「あのね、飲み会は、どう楽しませるか、なんだよ。」
教頭は腑に落ちていない佐藤を見て、言った。どうやら、佐藤には「その場にいるだけで楽しくなってしまう」素質があるようだ。
そういえば、佐藤が幹事に指名されてから、色々な人が協力してくれた。細かい仕事も出席するということも、色々なカタチで関わってくれた。
「いやー。こんだけ楽しい忘年会にしてくれたから、送別会は誰にお願いしようかね。」
次に予定されている大きな飲み会は、3月の送別会だ。離任する先生へ感謝を伝え、今年度の終了と、来年度への景気付けを行う。
「先生ね、ここだけの話、『歓迎会』って誰でも歓迎されるのさ。とにかく来てくれてありがとう、って。でも、送別会は別さ。誰でも『ありがとう』って思われて、出て行くわけじゃない。実際『早く出てけ!』って思われる人もいるのさ。先生は『ありがとう』のほうだね。授業も仕事も、飲み会も。本当によくやってくれてるよ。」
佐藤は照れ隠しに髪をかきはじめる。「まだ12月ですよ」と、まだ別れには早いのではないかという思いを伝える。
「先生、1月になったらもう新年度準備だよ。めっちゃ早いからね。ははは。あっという間にお別れになっちゃうさ。」
4月から佐藤はどこか違う学校に勤めることが決まっている。先生方はみんな知っている。だけど、生徒たちには言ってはいけない。でも、悔いなく授業を終わらせなければならない。それが一番です。と、教頭が佐藤に教えた。
「ねえ、先生。今日はもう帰らないかい? 仕事納めちゃうよ! 良いお年をお迎えください。」
若干強引に仕事を終わらせて、年内最後の職員室が閉まった。さあ、これから年越し準備だよ! と教頭がはしゃいでスーパーに出かけた。
なんでもないけど、特別だった1年が終わり、なんでもないけど、特別になる1年が始まろうとしていた。
「じゃ、幹事は佐藤先生で!」
教頭の鶴の一声で、佐藤が忘年会幹事に指名された。忘年会など、イベントごとの幹事は若者の仕事らしい。たしかに大学でもこういうイベントを仕切っていたのは下級生だったような。などと思いながら、佐藤は引き受けた。
幹事の仕事は実に多い。店の選択、店との交渉、日程設定、出欠のとりまとめ、出欠変更の連絡、二次会の設定、精算などなど。佐藤は酒が好きだが、このような、調整が必要となる業務は不得手だった。
「佐藤先生、店、ここどうだい?」
「佐藤先生、店に連絡したから〜」
「佐藤先生、日程、ここにしない?」
「佐藤先生、村田先生が欠席に変更だって」
結局、幹事を指名しておきながら、ほとんどの仕事を教頭がしてくれた。きっと教頭はこういうことが好きなんだろう。佐藤のできなさ具合を心配したのもあるだろうが。
佐藤が酒好きだとバレてから、教頭は飯田や今野も誘ってよく焼肉や居酒屋に連れて行ってくれた。いつも料金は割り勘だった。「昔は上司が出してくれたのにな!」と、今野はいつも文句を言っていた。歓迎会以来の全員で集まる飲み会に、教頭は(イタイくらい)張り切っていた。
あっという間に忘年会当日となった。教頭が「今日は定時退勤と、定時乾杯にご協力ください」とアナウンスした。飯田は「こういう時は、若者が1番に着かないと!」と佐藤を連れて40分前から店で待っていた。おしぼりで手を温めて、1番入り口で先輩方が到着するのを待つ。
料理は温かいもの以外、次々と運ばれてくる。前菜、刺身、鍋、お寿司。そして、盃とグラスも並んでいる。
会計は飯田の役目だった。ひとりひとり、「気がたしかなうちに」料金をもらう。乾杯は校長にお願いした。席次にも気を配る。サラダなど、大皿料理は若者が取り分けるから、若い者が固まらないように取り決めた。
宴が始まり、若手の飯田、佐藤はビール片手に先輩方の席を回る。先輩の飲み物が切れないか、常に気を配る。正直、食べたり飲んだりを楽しんではいられない。こうやって会話を重ねることが楽しく、宴会の目的なのだと教頭は言う。校長が帰った二次会のカラオケになって、ようやく酔いが回ってきた。
冬休みになって、出勤する先生がまばらになった。夏休みも冬休みも、先生方にとっても「お休み気分」なのだ。もともと人が少ないが、今日の出勤者は教頭、村田、佐藤だけだった。村田は部活指導で体育館に詰めているから、自然と教頭、佐藤の2人きりになる。
「いやー、佐藤先生。忘年会、サイコーだね!」
教頭は佐藤を褒めるが、佐藤は「褒められるようなことはしていない」と思っている。結局、予約を取ったのも、出欠確認や連絡をしたのも教頭。当日の会計や盛り上げも全部飯田がやってくれた。私ができたことは何もない、と思っている。
「あのね、飲み会は、どう楽しませるか、なんだよ。」
教頭は腑に落ちていない佐藤を見て、言った。どうやら、佐藤には「その場にいるだけで楽しくなってしまう」素質があるようだ。
そういえば、佐藤が幹事に指名されてから、色々な人が協力してくれた。細かい仕事も出席するということも、色々なカタチで関わってくれた。
「いやー。こんだけ楽しい忘年会にしてくれたから、送別会は誰にお願いしようかね。」
次に予定されている大きな飲み会は、3月の送別会だ。離任する先生へ感謝を伝え、今年度の終了と、来年度への景気付けを行う。
「先生ね、ここだけの話、『歓迎会』って誰でも歓迎されるのさ。とにかく来てくれてありがとう、って。でも、送別会は別さ。誰でも『ありがとう』って思われて、出て行くわけじゃない。実際『早く出てけ!』って思われる人もいるのさ。先生は『ありがとう』のほうだね。授業も仕事も、飲み会も。本当によくやってくれてるよ。」
佐藤は照れ隠しに髪をかきはじめる。「まだ12月ですよ」と、まだ別れには早いのではないかという思いを伝える。
「先生、1月になったらもう新年度準備だよ。めっちゃ早いからね。ははは。あっという間にお別れになっちゃうさ。」
4月から佐藤はどこか違う学校に勤めることが決まっている。先生方はみんな知っている。だけど、生徒たちには言ってはいけない。でも、悔いなく授業を終わらせなければならない。それが一番です。と、教頭が佐藤に教えた。
「ねえ、先生。今日はもう帰らないかい? 仕事納めちゃうよ! 良いお年をお迎えください。」
若干強引に仕事を終わらせて、年内最後の職員室が閉まった。さあ、これから年越し準備だよ! と教頭がはしゃいでスーパーに出かけた。
なんでもないけど、特別だった1年が終わり、なんでもないけど、特別になる1年が始まろうとしていた。