心配していた後遺症も無く、無事二日後に退院したわたしを待ち受けていたのは、やっぱりというか、大体は予想通りのものだった。

「緒環さん、大丈夫?」
「ありがとう、大丈夫だよ」

「無理しないでね」
「うん、ありがとう」

「残念だったね」
「そうだね……」

「元気出してね」
「うん……」

どうしてもその言葉についての余計な含みも想像してしまう。もちろん本人は励ましのつもりでかけてくれているのだとは思うけれど。

高校一年生になって徐々に地方の大会で結果が出てくると、新聞の地域情報や地元のニュース番組がわたしを取り上げてくれるようになった。

すると次第に他のクラスの先生や校長先生が声をかけてくれるようになる。

そして今回はわざわざ校舎に『2年3組 緒環 彩叶 フィギュアスケート東日本選手権出場!』の垂れ幕を飾ったり、校内新聞でも一面で紹介してくれたりするようにもなった。

もちろん注目されるといろんな人が応援してくれる。

でも、いろんな考え方を持つ人がいる学校では、必ずしも応援をしてくれる人たちばかりではない。

「まあお母さんが選手だったからね」とか「恵まれているからね」とか、そういう声をどんどん耳にする。

そして陰口を聞き流せるほどわたしは強くもなかった。

だから、この陰口に打ち勝つには結果で返すしかないと思って、ただがむしゃらにやってきた。

京介は「あまり周りを見返すとか考えながらやらないほうがいいよ」と言っていたけれど、この飛んでくる石のような言葉達を上手く原動力にしていかないとやっていけなかった。

そうやっているうちに、どんどんわたしは学校で浮いた存在になっていった。

「ほら、緒環さんってさ、最近先生にチヤホヤされて天狗になってたじゃん」

「オリンピック目指してるんだって?現実的に考えて無理なのわからないのかな」

ーー何も知らないくせに。

わたしが今までどんな思いでここまでやってきたのなんて知らないくせに。どれだけスケートに捧げてきたのかも知らないくせに。その言葉がどれだけわたしを苦しめているのかも知らないくせに。

いつもならお昼休みに京介のいる教室に行ってお弁当を食べながら動画で動きをチェックをするけれど、もうどうでもよくなった。

人通りの少ない中庭のベンチに行き、お弁当を広げる。一人でいると余計に虚しくなるけれど、教室にいるよりは数倍マシだ。


「彩叶、ここにいたのか」

わたしの行動なんてお見通しであるかのように、京介はわたしの前に現れる。

その声を聞いた瞬間ホッとしたような気持ちになったけれど、正直今はスケートのことを考えるのが怖かった。

「次の練習についてだけどさ、やっぱりーー」

「京介、もういいって」

「いいって、何がだよ?」

「もうスケートはおしまいにしよう」

「は?何言ってんだよ」

「ほら、わたしたちって来年受験生じゃん。お互いそろそろ進路も決めないといけないし」

「いや、冗談は良いから。ほら、この前の動画をチェックしーー」

「だからさ!もうおしまいだって言ってんの!」

京介は驚いた顔でわたしの顔を見ている。こうやってすぐ怒鳴ってしまうところがお母さんに似ている。わたしの悪い癖だ。

「……彩叶、どうした?いつものお前ならくっそーって言いながらすぐに練習しようとするのに」

「もうさ……わたしたちにはこれ以上は無理なんだよ」

「無理って……お前、やっとここまで来たのに。簡単に諦めんなよ」

「簡単にって……今まで必死に頑張ってやっとの思いで東日本選手権に出られたのに、転けてケガしてまた一からやり直し……もう出来っこないよ……」

「お前がそんなんでどうするんだよ。一緒にオリンピック行こうって約束したじゃん」

「もうさ……頑張れとか約束とかさ……いいよ。疲れちゃった……京介は良いよね。自分が滑るわけじゃないし」

言い過ぎてしまった。

京介は一瞬言葉を詰まらせたようだった。そして静かにノートを閉じて、小さく「ごめん」と言い残して行ってしまった。

風脚が強くなってきたのか、頬のあたりを冷たい風がぶつかった。