京介はなくなったというのに、学校のはいつもと変わらない雰囲気だった。京介が亡くなったというのに、世界は何も変わらない。

「京介おはよー」

京介の友達の新垣君が言ったその言葉。聞き間違いではないかと思った。けれど次に聞こえてきたその声を聞いて、わたしは激しく混乱した。

「おー、新垣。はよー」

ーーえ?え?うそ……京介?

「ん?彩叶」

「え?え?京介、死んじゃったんじゃ……」

「は?なんでそれを……た、多分それは……夢だ」

「……??」

「よお、彩叶」

「ハイデさん⁉︎え?なんで?どういうこと?」

ばつが悪そうに答える京介にますます混乱していたら、あっちの世界に帰ってしまったと思ったハイデさんが姿を現した。

なんで京介がハイデさんと一緒にいるの?てか、京介にもハイデさんのことが見えてるの?どういうこと?

「ったく、ややこしいことしてくれるぜ」

「京介、事故にあったんじゃないの?」

「お前が巻き戻しを拒否したから、代わりに事故った京介の時間を巻き戻したんだよ」

「うそ……」

「最初に言ったろ。俺は死が身近に迫っている人間にしか見えないって。京介は俺のことが見えてたんだ」

「京介にも死が近付いていたってこと?」

「ああ。京介は事故という死期が近づいていたから、俺のことが見えたんだ」

「で、でも京介は車とぶつかったんだよね。本当に死んじゃったよね……」

「ぶつかった瞬間に巻き戻しを発動した」

「そ、そんなことできるの?」

「彩叶の件で手続きや準備は終わっていたからな。後はやるだけだった」

「でもさ。お父さんが言ってたよ、京介が亡くなったって」

「それはタイムラグの部分だろ」

巻き戻しは発動してもすぐに消えて過去に戻るわけではなく、時間をかけて徐々に過去に戻っていく。

その間はいつも通り時間が過ぎていくが、やがてその時間の出来事は消えてしまう。その消える部分のことを”タイムラグ”と呼ぶらしい。

京介が救急車で運ばれたことや病院で息を引き取ったことは、タイムラグの部分になっている。

「じゃ、じゃあさ。どうしてわたしの記憶はそのまま残っているの?」

「これはあくまで俺の推測だが、彩叶は既に巻き戻しの手続きを終えていたからだと思う」

わたしは手続きだけを終えて、京介は実際に巻き戻しが実行された。

巻き戻しの儀礼は対象の一人に対して行われるため、その人だけタイムリープさせるものだと思われがちだ。だが実際は対象の人間の記憶を保存してから時間軸全体を戻しているのだと言っている。

「直前までお前の巻き戻しの準備を進めていたから、たまたま彩叶の記憶も無くならなかったんだろ」

「ちょっと頭が付いていかないけど、これって向こうの世界にバレたらまずくないの?」

「バレたらそん時に説明すりゃ良いだろ。別に京介の巻き戻しは成功してるんだし。申請する人を間違えましたって言っとけば問題ねえ」

開き直ってない?大丈夫?

「それより彩叶、お前なかなか良い判断をしたな」

「え……?」

「俺は途中から彩叶には巻き戻しが必要ないことに気が付いていた。で、どうするかと思ってたら、ちゃんと自分から巻き戻しを拒否しただろ。あの判断は、なかなかできねーぞ。お前、最初に会った頃から随分変わったな」

わたしが巻き戻しができないと言った時、ハイデさんが意外とすぐに去っていったのは、そういう意味があったんだ。

「それに京介、お前の持つ執念にも感心した。何せ轢かれた瞬間絶対諦めてたまるかって顔してたからな」

「いやいや、僕はまだ死ぬわけにはいきませんので……」

「まったく。ヒヤヒヤさせやがって。でもお前らを見てると、人間も捨てたもんじゃないなって思ったよ。良い経験させてくれてありがとな」

「さてと、儀礼も終わったし、俺はそろそろあっちの世界に帰るわ」

「え、もう帰っちゃうの?」

「おう。もうこっちの世界に用はねえからな。多分お前らとは二度と会わない。でもお前らのことは一生忘れない。彩叶、京介、精一杯生きろよ」

「ありがとう」

「お気をつけて」

わたし達がお礼をいう頃には、すでに消えかけてしまっていたから、きちんと聞こえていたのかはわからない。随分あっさりとした別れ方だなあ。まあハイデさんらしいからいっか。

「彩叶」

「えっと……京介、この前あんな態度取って、ごめんね……」

「僕の方こそ、辛い思いをしていたのに、突き放してごめん」

「えっと、わたしもう一度、京介と一緒にスケートをしたい」

「もちろん。もう一度やり直そう」



わたしたちは正解のない世界をもがきながら生きている。

でも、正解のないものだからこそ、ふわふわしたものが気持ち悪くて、いつしか目に見えるものばかりを取り合うようになる。

思い通りになることなんて少なくて。でも思い通りにいかないことが許せなくて。

もがき続けることを、諦めようとする。

でも、やり続けたものだけが見える景色が、やり遂げたものだけが辿り着ける頂は、きっとある。

だから、不器用なわたし達は、泥臭くもがき続けるしかない。

たくさんの人に支えられながら、もがき続けるしかない。



ーーわたし達はまだまだこれからだ。