「もうっ!どうしてできないの……!」

ある日、その子は僕の目の前で盛大に転ぶと、いつものように全力で悔しがっている。

「だ、大丈夫?」

「大丈夫よ。このくらい」

その子は「どうして上手くいかないんだろう」と独り言を言いながらすぐに立ち上がって再び滑ろうとする。

「飛んでる時に腕がバッと開いてる。こうやって脇を締めてジャンプしたら?」

僕は何を思ったのか、その子にアドバイスをした。今思うと、その子と話してみたかったのかもしれない。

その子はキョトンとした顔をして、僕の方を見た。

「脇を締めるの?」

「うん。ほかの子よりも高く飛べてるけど、飛んでる時に傾いてる。だからこうやって脇を締めてみて」

その子は目をキラキラとさせて「やってみる!」と言い、勢い良く滑り始める。すると僕が言った通りジャンプしてすぐに脇を締めると、くるりと綺麗に宙を舞った。

ーーできた……できちゃったよ。

まさか本当にできるとは思っていなかったから、どんな反応をすればいいのかわからなかった。

「やったー!できたー!」

こっちにダッシュで向かって来て、大きくバンザイしながら僕の方に迫ってきた。え?え?どうすればいいの?

パニックになった僕は何を思ったのか、バンザイをした彼女に向かってぎゅっとしてしまった。

そしたら「違う違う!ハイタッチだって!」と言って、僕は顔から火を吹き出しながら全力で謝った。これは後に一生言われ続けることになる黒歴史だ。

その子は僕が抱きついてしまったことなんて全く気にしていない様子で、

「ありがとう!わたし、おだまき さいか!あなたの名前は?」

と聞いてきたから良かった。

「し、しろたえ きょうすけ」

「きゅうすけ!よろしくね」

「さいかちゃんって、すごいね」

「きょうすけが飛び方教えてくれたからだよ」

嬉しかった。

「わたしはフィギュアスケートの選手になってオリンピックに出るの」

「おりんぴっく?」

「そう!有名な選手になってテレビに出るの!」

「すごい……!さいかちゃんなら出られるよ!」

「きょうすけ!わたしのコーチになって!一緒にオリンピックに出よう!」

「こーち?何それ?」

「さっきみたいにわたしの演技を外から見て教えてくれる人。お母さんが言ってたの。本気でオリンピックを目指すならコーチを付けないといけないって。京介、コーチして」

「え……僕なんか……無理だよ」

「大丈夫だよ!さっき京介が教えてくれたからわたしは上手くできたんだよ!二人でオリンピック目指そうよ!コーチして!」

この時初めて彼女の性格の一つを知ることになる。彩叶という女の子は、人一倍頑固だということに。

今までそんなにゴリ押しされたことがなかった僕は、ほとんど流され気味に「わかった」と答えてしまった。

でも、そこから何度も彩叶の頑固さには助けられてきた。

お母さんが家を出て行ってしまった時も、おばあちゃんが亡くなった時も、彩叶は「約束したじゃん!絶対に二人でオリンピックに行くんだからね!」と言って聞かなかった。

そう。彩叶は悲しむ暇なんて与えてくれなかった。

そのおかげで、僕はこうやって普通に暮らせている。彩叶の夢は僕の夢でもある。だから絶対に諦めたくはない。