彩叶と僕は小さい頃に家の近くのスケートリンクで出会った。今思えば、近くに市営のスケートリンクがあるのは、なかなか珍しい環境だったかもしれない。

僕が物心付いた時には、既にお父さんがいなかった。

お母さんはお父さんのことを話したがらなかったから詳しいことは知らないけれど、どうやら僕が生まれてから仲が悪くなったみたい。

僕が赤ちゃんの時は働きに出るお母さんの代わりにおばあちゃんが僕の面倒をみてくれていた。

お母さんは、僕を育てるために朝から晩まで働き詰めの毎日を送っていた。

それでも土曜日には必ず休みを取って、近くのスケートリンクに連れて行ってくれた。それが何よりの楽しみだったのを覚えている。

休日のスケートリンクは一般開放されていて、スケート靴のレンタルもしている。市営だけあって、金額もさほど高くなく、家の近くで安全に楽しめる施設としてもってこいのところだった。

そこでは月に一回子供向けにスケート教室が開かれていた。

僕がスケート教室の方を見ていると、お母さんが「もしかして京介も教室に通いたいの?」と聞いてきた。でも、僕はスケート教室はお金がかかることを知っていたから「ううん、そんなことない」と言って、首を横に振り続けた。

その後も何度かお母さんは僕に訪ねてきたけれど、僕は頑なに首を振り続けた。

やがてお母さんは土曜日にも仕事が入ったと言って、一緒にスケートリンクに行くことはできなくなった。その辺りからだろう、僕とお母さんの間に距離ができてきたのは。

それでもお母さんは僕がスケートリンクに行くためのお金は欠かさず渡してくれた。

でもお母さんと滑るのが楽しかったから、一人で滑る気なんて起きない。次第に僕はスケートリンクには足を運ぶけれど、リンクサイドのベンチに座って、楽しそうに滑っている人達を眺め続けて過ごしていた。

たくさんの人の滑り方を見ていると、自然と次第に誰が上手いのかがわかるようになってくる。僕は自分が滑ることより、人が滑っているのを見るのが楽しいと思うようになった。

最初のうちはスケート教室に通っている同年代の子達を見るのが好きだった。

でも、次第に彼らは先生の言われることを忠実に守り、みんなで同じような動きをしているということに気が付くと、スケート教室の子供達を見るのはすぐに飽きてきた。

その辺りからだろう。同い年くらいの女の子が一人でフリースペースを滑っているのに気が付いたのは。

その子は、隣で行われているスケート教室の生徒がしているジャンプをそれっぽく飛んでみたり、見よう見まねでステップを真似たりしている。そしてよく盛大に転ぶ。

ステップもジャンプもあまりに不恰好で、見ているこっちが恥ずかしくなる。おまけに何度も盛大に転ぶから膝は真っ赤になっているし、服はベタベタになっている。

でも、その子は何度も転けては起き上がりを繰り返す。

しかも思い切りが良くて、偶然成功した時は、周りの人が「おおっ!」と叫んでしまうほど目立っていた。

その表情は、いつもスケート教室に通っている子達よりも真剣そのもの。

上手くいけば一人で「やった!」と言いながらガッツポーズをし、失敗すると「あーもう!」とか「くっそー!」とか言いながら小さい拳で地面をダンと叩き、何度も立ち上がる。

ちょっと引いている人もいたけれど、いつしか僕はその子をずっと目で追うようになっていた。

そして少しづつ隣のスケート教室に通っている子達よりも上手くなっているのにも気が付いた。