「……か。さいか!」

「……え?」

「最後の公式練習が始まったぞ。彩叶……大丈夫か?」

「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけ」

ーー最後の練習時間、ここでリズムを掴まないと……

心臓の音がいつもより大きい。

どうしてこんなに息が苦しいのだろう。

銀色のブレードがガリガリとぎこちない音を立てている。いつもなら切れ味鋭いナイフのようにスッと滑ってくれる。けれど、今日は違った。

ーー緊張してるのかな。わたしが?

でも、今までこんなに頭が真っ白になることなんてなかった。

オリンピックを目指すわたしたちは、この日のためにできることは何でもしてきた。

全日本選手権に出ていたお母さんや、周りからは散々無理だと言われていた。

けれど、わたしと京介は何度だってその無理を跳ね返してきた。それがわたしたちの自信になっていた。

なのに。

よりによってこんな時に、どうしてこんな風になったのだろう。

「彩叶!平常心!いつも通りやれば大丈夫だ!」

ーーわかってる。

わたしはこれ以上京介を心配させないように、今できる精一杯の作り笑いをしながら頷いた。

ーー落ち着け。大丈夫、大丈夫。絶対大丈夫。

自らに暗示をかけるように心の中で何度も大丈夫と連呼し、無意味に肩を回してみたり、両手をぶらぶらしたり、首をぐるりと一周させてみたりと、精一杯の悪あがきをする。

でも、やればやるほどわたしの身体はロボットのようにぎこちなくなっていく。

相変わらず心臓の音がうるさくて、得意のジャンプの踏み切るタイミングを邪魔してくる。

あ、やっぱりだめだ。何度やってもズレる。

「彩叶!あと五分!」

一回でも成功させておかないと。

次のジャンプでタイミングを取り直せば、まだ……

あ、やば……




……っ!!





身体が傾いたと思ったら、右足首からグキッという鈍い音が聞こえた。

次の瞬間、氷の地面はグルリと反転し、わたしの意識は画面が真っ暗になったテレビのように、プツリと途絶えた。