最初の驚きが過ぎ去った頃､突然彼女が頭を下げた｡
「えっと…その､勝手に入ってごめんなさい！」
「いや､大丈夫だよ｡びっくりはしたけど…」
という僕自身も未だに彼女が幽霊だとは信じていないので､現実味がないのだけれど｡
「はぁ…たく、焦ったぜ｡」
ふと後ろを見ると､悠は目の穴すら空いていない真っ白なお面を被っていた。
「そのお面…」
「ああ､何とか見た事あるだろ？仕事用のやつだよ」
額にあるひし形の装飾品が埋め込まれたそれは無機質なのに､どこか暖かくそれでいて、不気味な雰囲気を纏っていた｡
「それで？あんたはどうしてここに？」
お面をつけたまま､悠は彼女の方に向き直る｡
「え、えっと…駅前広場にいたおじいさんが教えてくれたんです｡困ったらここに行けば良いって。」
彼女の言葉に僕らは顔を見合せた。
「駅前広場…って…」
「物知り爺さんか｡」
悠の顔つきが厳しくなり、ため息をつく。
物知り爺さんこと､縁野 結使(えんの ゆいつか)さん。
その正体は、ここいら一体の縁を繋ぐ縁結びの神様だ｡
結使さんは､元々放浪癖があったのだが､それがあまりにも酷かった為、上の神々によって結使さんの故郷であるこの地に縛り付けられているらしい。
ただ､その放浪癖は離れた人々を繋ぐ縁の役割も果たしていた為､県内であれば放浪しても良いことになっているらしい｡
そんな結使さんだが､彼のお気に入りの場所のひとつとして､この町の駅前広場がある。
放浪していない場合、彼を祀っている神社か駅前広場にいる場合がほとんどで、町内のことを知り尽くしていることから、見える人から駅前おじいちゃんや、物知り爺さんという愛称で親しまれている事でも有名だった。
慈悲深い結使さんが、手を差し伸べるような相手。
それは､彼女がかなりのワケありであることを意味していた｡
元々幽霊というのはワケありであることが多い。
だが悠曰く､幽霊の種類やそのワケによってワケありのレベルが違うそうだ。
守護霊や浮遊霊は基本的に害が少なく、無害な存在。
逆に、地縛霊や怨霊は実害がある場合がほとんどで必要とあらば陰陽師や霊媒師と連携して祓わなければならない存在といったぐあいに、細かく分類されているらしい。
けれど悠の反応を見る限り、怨霊や地縛霊の類ではなさそうなのに…。
と僕が首を傾げていると仕事モードに入った悠が彼女に対して質問を始めた。
「えっと…まず、名前と年齢は？」