その夜の宴は早々に打ち切ってもらった。

 表向きは
「さすがに疲れてしまったので今夜は早めに休ませてください」
 ということにしてみんなに納得してもらったんだけど……本音としては、僕を歓待するために、シャルロッタや村のみんなに無理を強いているような気がしてしまって……そんな状況の中で1人だけ好きなように食べて飲んで……なんて、ちょっと申し訳なさすぎて、出来ないというか、なんというか……

 その夜、僕はシャルロッタの邸宅の中の一室にいた。

 シャルロッタからは、
「クマ殿が好きなだけ滞在してくださってよいのじゃぞ」
 そう言われていて、僕がこの村に滞在している間は、ずっとこの部屋を使っていいと言われているんだ。
 滞在中の食事の面倒も見てくれるってことだったけど、

「……宴があの調子だと、食事の準備だって大変だろうなぁ」

 ベッドに横になって天井を見上げていた僕は、ぼんやりとそんなことを考えていた。

 部屋の窓は開けてある。
 心地よい夜風が窓から入ってきているおかげで、とても過ごしやすい。

 元いた世界では、1年中窓を閉め切っていてクーラーをつけっぱなしにして空調管理していたのが嘘のようだ。
 まぁ、道路に面していたのもあって、そうしておかないと部屋の中が排気ガスなんかでとんでもないことになってしまうってのもあったんだけどね。

 僕は、そんな窓の外へ視線を向けていた。
 この部屋の中で、ピリの悲鳴をはっきり聞くことが出来たわけなんだけど……ピリの悲鳴は、同じ家の中にいたシャルロッタには聞こえていなかった。
 それどころか、ピリがいた森の近くに住んでいる村人達ですら聞こえていなかったらしい。

「……ひょっとして、僕って……体の硬さや、腕力だけじゃなくて、聴覚も異常に鋭くなっているのかも……」

 窓の外を眺めながら耳に意識を集中してみた。
 ……すると、
 
 酒場の会話
 夫婦の会話
 子供達の声
 ベッドの中の行為の音……って、うわっ、これは聞いちゃまずいよね……

 そんな声がすごい勢いで僕の耳から脳内に直接聞こえてきた……そんな感覚が襲ってきた。
 
 ……あ、あれ? これってひょっとして……シャルロッタの事を意識したら、シャルロッタの声を聞くことが出来るんじゃ……

 そう考えたところで、僕は慌てて顔を左右に振った。

「だ、駄目だ駄目だ駄目だ……そそそ、そんな人のプライベートをのぞき見するような事をしちゃあ……」

 うん、そうだよね……この力は、あんまり使用しないようにしないと……うん。
 となると、意味がないってことになるな、この能力は……そう思った僕だったんだけど……

「……そうだ、森の方に意識を向けてみたらどうかな?」

 うん、そうだ……森の中に意識を向けたらどうだろう?
 ピリの声が聞こえた時も、窓の外の景色……森の方を見つめていた気がするし、森の中に潜んでいる他の盗賊さんとかの声を聞くことが出来たら、シャルロッタや村のみんなの役に立てるかもしれないし……

 そう思った僕は、意識を窓の向こう……森の中へ向けていった……すると、

 グルル……
 ウウー

 うん?……獣のうなり声?
 なんか、そんな声がすごくたくさん聞こえてきた。

 もっと意識を集中してみると……その声はかなりたくさん、森のあちこちから聞こえてきた。
 おおよそだけど、その声の主が森のどのあたりにいるのか、も感じる事が出来ている。

「おそらくだけど……この森の中にはかなりの数の魔獣がいるんだろう」

 そういえば、宴の際にもシャルロッタの部下の騎士達が城門を閉めていたっけ。
 夕方には閉めて、翌朝まで開けないって言ってたもんな、確か。
 
 つまり、今の時間帯のニアノ村の周囲の森の中は夜行性の魔獣が跋扈しているってことなんだろう。
 僕の世界でも、未開のジャングルなんかでは、夜は肉食の動物たちの活動時間だったしね。

 ……そういえば、宴会の際に誰か言ってたっけ。

「あの魔獣達を狩ることが出来ればうまい肉にありつけるんじゃがなぁ」

 酒を飲んだ上での一言だったのであのときはそんなに気にしてなかったけど……魔獣の肉って美味しいのかな?

 そんな事を考えた途端に、

 ぐう……

 僕のお腹が盛大に鳴ってしまった。

 正直、宴会の料理も遠慮してあまり食べなかった上に、食べた料理のほとんどが野菜だったからなぁ……僕のお腹はそれをすべて消化仕切ってしまい、次の食べ物を求めているみたいだ。

 一度気になってしまうと、もうどうにもならなかった。

 ぐう
 ぐう
 ぐう

 連続でお腹が鳴り始めた。
 しかも、止まる気配がまったくない。

「……仕方ないなぁ」
 僕は、窓辺へ移動すると改めて森の方へと視線を向けた。

 聴覚だけでなく……僕は異常な怪力と、屈強な肉体も手に入れているみたいだ。
 あの巨木を軽々と振り回したり、屋根を蹴っただけで異常に跳躍出来たり、と……すぐに信じることは出来ないけど……この世界でこれからも生きて行く以上、しっかりと確かめておく必要はある、と、思わなくもないわけで……

 僕は、窓から屋根の上に移動すると、おもいきり屋根を蹴って宙に舞った。

 ……やっぱりだ

 僕の体は、昼間のように宙を舞っている。
 やはり、跳躍力というか脚力がすごいことになっているのは間違いないようだ。

 目標を木の柵の上と定めて飛んだおかげで、僕はうまいこと木の柵の上に着地することが出来た。
 そこから森の中へ視線を向け、耳に意識を集中していく。
 森のあちこちから魔獣のうなり声みたいなものが聞こえてくる。
 それに意識を集中して、しばらく聞き耳を立て続けていたんだけど……

 ……うん、あのあたりだと、魔獣が少ないみたいだな

 そんな一角に目をつけた僕は、そこに向かって跳躍していった。

「うまくいくといいんだけど……でも、頑張るしかないか……村のみんなのためだし……それに、シャルロッタも喜んでくれるかも……」

 シャルロッタの事を思い浮かべると、思わず顔がにやけてしまう。
 って、いかんいかん、これから魔獣を退治に行くわけだし……しっかり気を引き締めないと……

 空中で、両頬を叩きながら気合いを入れ直す僕。
 しかし……跳躍している僕は、相変わらず両腕、両足をバタバタさせていて……なんとかもう少し格好いい姿勢で跳躍出来ないものだろうか……と、思いはするものの、元の世界では運動音痴だった僕に、それを求めるのがいかに酷な事なのか、ということを改めて実感してしまったわけで……