これは本当に偶然だったんだけど……昨夜、僕は魔獣の声が少ないところを選んで飛び込んでいたわけです。

 僕的には、単純にそこには魔獣が少ないだろう、という認識しか持ってなかったわけなんだけど、
「流血狼はこの近辺では最強の魔獣なのじゃ。数匹で群れを成して狩りをするのじゃが、その強さゆえに他の魔獣達も恐れて近寄らないのじゃ」
 肉を配り終えた後、シャルロッタからそんな話を聞いた僕は、その場で真っ青になりました。

 そりゃそうですよ。
 安全な場所を選んだつもりが……自ら危険地帯に突っ込んでいたことがわかったんですもん。
 あれは、魔獣が少ないわけではなくて、少数精鋭の群れだったわけですから……そんなところに、わざわざ飛び込んでよく生きて帰れたなぁ、と……

 ……なんと言いますか、無知ってホントに怖いですね。

 片付けをしながら、僕は安堵のため息をもらしていたのでした。

 そんな僕ですが、今はお腹がしっかり満たされています。

 先ほど、空腹でその場にへたり込んでしまった僕なんですけど、

「まかせてよクマ様、アタシがこのお肉で美味しい物を作ってあげる」

 話を聞いて駆けつけてきたピリが、そう言って狼の肉を料理してくれたんです。
 ピリは魔法袋という物を持っていて、その中から簡易式のキッチン~僕の世界で言うところのキャンプセットとでも言う物でしょうか、そんな物を取り出して、すぐに調理をはじめたんです。

 その魔法袋は、人の拳くらいの大きさしかないんだけど、その中にはちょっとした部屋1部屋分程度の品物を収納出来るんだそうだ。
 
 ピリは、それを使って狼の肉の串焼きを作ってくれた。
 その調理の匂いはあっという間に街道中に蔓延していって、

「ピリ! 俺の肉も調理してくれ!」
「俺のもだ!」

 そう言いながら、受け取ったばかりの肉をピリに差し出してくる人が殺到していったんだ。

 で、ピリは、
「せっかくクマ様が狩ってきてくださったお肉だし、今日はサービスで調理してあげるよ! そのかわり一口分はクマ様に食べてもらうからね」
 そう言いながら村人から肉を受け取り、手際よく調理していった。

 そうしてピリが肉を焼く度に、僕の元にも新しいお肉が届けられたわけで……おかげで僕の空腹もすっかり満たされていきました。

 しかしあれです。
 ピリの料理の腕前はホントにすごいと感心した次第です。
 ただ肉を焼いている……そう見えたのですが、その肉にかけているタレが絶品だったんです。

「このあたりの森で収穫出来る果物をベースにしてるのよ」

 ピリは、笑顔でそう教えてくれました。

「うん、すごくい美味しいよ、このお肉にすごくあうね」

 僕は、満面の笑顔でそう言いながら、ピリが渡してくれる狼の肉を次々に口に運んでいました。

「ふふ……クマ様ってほんと美味しそうに料理を食べてくれるね。そういう人、アタシ大好き」

 ピリも、笑顔でそう言いながら調理を続けていました。

 お世辞でも女の子に「大好き」って言ってもらえるのはなんだか嬉しいものですね。
 社交辞令だとわかってはいるんだけど、なんか勘違いして「ピリ結婚しよう」とか叫びそうになってしまう自分を、僕は必死に引き留めていました。
 ゲームならともかく、ここでそんな事を口に出しちゃったら確実に嫌われちゃいますからね……あはは。

「……クマ様? 今、何かおっしゃいました?」
「え? あ、いえいえ、何も言ってないです、何も……」

 やばい……僕ってば今の言葉を思わず口に出しちゃってた!?
 慌てて僕は口を押さえたんだけど……ピリがそれ以上突っ込んでくることがなかったので多分気のせいだったんだろう、と、安堵のため息を漏らしていった。

 ……ただ、それ以後ピリが頬を赤くしたままどこか上の空になってしまい、村人達に話しかけられても、

「へ? あ、ご、ごめん聞いてなかった」

 とか言いながら、慌てふためくことが多くなった気がしました。

 時折僕と目が合うと、慌てて視線を反らしていくし……ピリってばホントどうかしたのかな???
 
* * *

 ピリは調理が終わると

「あ、アタシちょっと用事が」

 と言ってそそくさと帰っていってしまいました。
 様子が明らかにおかしかったんだけど、まぁ体調が悪いとかそういうのではなさそうなので、あまり突っ込んで聞くのも悪いかなと思った僕は、
「ありがとう、気をつけてね」
 そう言って、ピリを見送りました。

 その後、シャルロッタ達と一緒に、居候しいている彼女の邸宅へ戻った僕は、そのまま自室へと戻りましたた。
 結局僕は、深夜から今まで寝ないであれこれしていたわけです。

 ちょっと魔獣を狩って小腹を満たせれば……
 そんな軽い気持ちで始めたこの狩りが、気が付けば村のみんなから感謝されちゃう事態にまで発展してしまった。

 ……何より、

「クマ殿、本当にありがとう。村の皆を代表してお礼を言わせていただくのじゃ」

 シャルロッタから何度もそう言ってもらえたのが本当に嬉しかった。

 うん……あの笑顔のためなら、僕はもっと頑張れるかも知れない。

 ベッドに横になった僕は、天井を見上げながらそんなことを考えていました。

 すると、そのまぶたが急速に重たくなってきて……
 あ、そうか……結局僕ってば一睡もしていないんだった。
 しかも、お腹も満たされたもんだから、そのせいで一気に睡魔が襲ってきたんだろう。
 
 僕は、そのまま目を閉じました。

「……クマ殿?」

 ……ん?
 気のせいかな? なんかシャルロッタの声が聞こえたような……
 でも、あれ……もう僕の体は熟睡モードに突入してるみたいだ。
 シャルロッタの声が聞こえるような気がするんだけど、もう指一本動かせない……

「クマ殿……なんじゃ寝てしまったのか……無理もない……小腹が空いたからとか言っておったけど、村の皆のために一晩中頑張って魔獣を狩ってくれたのに違いないからの……」

 い、いや……ちょっとまってシャルロッタ。
 ぼ、僕は別に村のためとか、そんな大それたことは考えてなくてですね……本当に、小腹を満たそうと思っただけで……

「……本当にありがとう、クマ殿」

 ……ちゅ

 え?
 
 その後、部屋の戸が閉じる音がした。
 その音は、僕を起こさないようにすごく控えめだったんだけど……
 
 いや、ちょっと待って

 さっきの「ちゅ」って何?
 なんか口の先っぽに何かあったかい感触が伝わってきたんだけど。
 ま、まさかシャルロッタが魔獣を退治したお礼に、ぼぼぼ僕にきききキッスをしてくれたとか……

 そんなことが頭の中をぐるんぐるんと駆け巡っていったんだけど……ほどなくして僕はそのまま深い眠りに落ちていってしまった。