最早この世の何処にも、安息は無いのだと、その瞬間に識りました。
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 春の風は、清々しくも何処か気持ちの悪い気持を、生活の中に運んで来ました。

 現代では、そこまで珍しい事も無いのでしょうが、学生であるうちには珍しいのかも識れません。肩まで伸びた髪を携えた、端正な顔立ちのその人は、なんの前触れもなく私の心を掻き乱しにきたのです。

いえ、正しく云うなら、私が勝手にその人に恋をして、勝手に心乱されていたのです。



 悪い夢の始まりは、卯月の半ばに突然、それはもう本当に予測もつかないくらい唐突に現れたのです。

 それを自覚した時には、殆ど初めてと言っても好いその感情に狼狽えながら、それでも確かに心は浮き足立っていました。今見返せば目も当てられない様な(うた)を、それでもその時から、自覚した瞬間から叶うことはないと悟って書いていました。


 思い返せば、元来人と話すことを、電子の上でさえ苦手としていた私にしては頑張っていたのでしょう。

街一帯をぐるりと回って歩くだけの催しに、彼の人と三時間程度喋り倒すことも叶いました。交わした会話は、(気色が悪いとお思いなさらないでくださいね、)今でもその多くを記憶しているのです。
現金を使わないとお金を使った実感が湧かなくて、とそんなことで共感をもらえたのが嬉しかった、だとか、ドーナツ屋を通りかかった時にこのドーナツが美味しい、なんて話したりだとか、音楽館の側で小学校の頃のオーケストラコンサートの話をしたりだとか……思えば私のこの永く短い恋幕の中で一番幸せだったのはこの日だったように思います。
日常(ふだん)怠けて使わない足の痛みなど実感せず、幸せに溺れていたのです。


 少しでも彼の人を識りたくて、近付きたくて、彼の人が以前演奏していたバンドの曲を聴き漁りました。この曲が好きだ、と彼の人に零しました。後日、電車の中で(そうなのです、どんな偶然でしょうか! 彼の人と私は電車の線を同じくしていたのです。私はたった一駅分、彼の人と二人で話せる日があったのです。)こう言われたのです。

 「この曲好きって言ってくれて嬉しかった」

 そのたった一言は、恋慕に溺れていたその時の私には、特別に買って貰ったお高い飴の、最後の一粒のように、いつまでも消費できない大切な一言になりました。
無論、彼の人がその曲をそのバンドの中でも特別好いていた事を知っていたのではありません。本当に、心から、私はその曲を好いと思って言ったまででした。
だからこそ、特別に嬉しかったのです。



 夢に彼の人を見たこともありました。家に招く夢でした。夢にまで見てしまうようになっては末期だな、なんて打ち捨てるように微笑って、それでもラッキイだったなんて嬉しがっていました。



 恋には(もっとも、恋どころか人生は何事に於いても、)悩み苦しみというのがつきもので、私は些細なことに心を病んで、時には涙をも零していました。

 例えば、或る日駅のプラットフォムで電車を待っていた時に、彼の人が後輩の女の子と帰りを共にしているのを見かけた時。
なんとも言い難い虚しさと自己嫌悪とに駆られて、この行動力の無い性質の為めに免れはしたものの、線路に飛び込んでしまいそうだった程です。出発を報せる音が鳴った時、車内から飛び出してしまいたくなった。死の衝動を、奥歯を(ひし)と噛んで押し殺していました。
帰りに喫茶店に寄ってかき氷と桃のチーズケヱキを頼んで、それでようやく死の衝動は消えました。

 私がこの件で死にたくなったのは、(相手はヘテロセクシャルですが)男女が仲睦まじくしているだけの事に、醜い嫉妬にも似た……否、それは間違いなく嫉妬に他なりませんでした。そんな思いをわずかでも抱いてしまったことに直ぐに気付いたが故の事だと、後からそう考えました。
普段、男女の友情は成立しない、なんて馬鹿げた主張をする人を強く罵っておきながら、そのような感情を抱いて了ったのです。
また手の届かない存在と分かっていたのに、一瞬でも自分の元にあると勘違ったように、取られた、と思ってしまったことも! ああなんて恥ずかしい思い違いでしょう!
そんな自分の感情に、絶望したのです。


 それから先、恋慕の情の続く間、意味もなく思い詰めては涙することがありました。