「今夜はどうもご馳走さまでした。だいぶ夜も遅くなってきたので・・・」
と言いながら丸山が音を立てて椅子を引くと、シュトゥーバは傷だらけのアナログの腕時計を見て、驚いたように目を剥いた。
「こんな時間か。食事はもういいですか?」
「充分いただきました」
と答えながら土岐も椅子を軋ませながら引いた。
「今晩話したことは、あくまでもわたくしの個人的な見解です。政府も国鉄総裁も国鉄の電化を望んでいます。ただ、わたくしは立場上、可能な限りコストを抑制したいのです。ミスター・トキには、そのことを強調しておきたかったのです」
「そのことは、財務分析の基本です。コストとベネフィットが見合うのでなければ、そのように報告するだけのことです」
と言う土岐の背中を左手のひらで押すようにして、丸山が立ち上がった。丸山の手のひらの湿り気が手形のように土岐の背中に残った。
シュトゥーバの家族は最後まで姿を現さなかった。南北に走る国道に出る途中でそのことを丸山に問うと、
「この国では、自宅に招待しても家族は姿を見せないのが習慣なんです。ぼくも、今日で2度目ですが、彼の家族を見かけたことがないんです」
と手探りで歩きながら言う。薄暗い土壁の隣の部屋で息を潜めていたと思われるシュトゥーバの家族の気配が、いまごろになって背中に感じられた。彼の家のほうを振り返ってみたが、黒い塊のような闇以外には何も見えなかった。
ホテルに帰るタクシーの中で、お土産のカレンダーを忘れたことを土岐は思い出した。
「お土産のカレンダーをシュトゥーバの国鉄の部屋に持って行っていいですかね?」
「いくつ持ってきたんですか?」
と丸山は答える前に聞いてきた。
「3本ですけど・・・」
「全部あげられますか?」
「他にあげた方がいいような人はいますか?」
と土岐が答える前に聞いた。
「カウンターパートだけでいいとおもうんですが・・・数が少ないと事務室で露骨にいやな顔をする人もいますから・・・」
「どうしてですか?」
「この国では人前で何か貰ったら関係者に分けなければならないという文化があるんです。だから、独り占めしたいような貴重なものは、事務室ではなくて、自宅かどこかで、こっそりとあげなければならないんです。三本あげれば、彼はそのうちの二本を部下にあげて、部下たちは一枚ずつ切り離して分けるでしょう」
と言いながら丸山が音を立てて椅子を引くと、シュトゥーバは傷だらけのアナログの腕時計を見て、驚いたように目を剥いた。
「こんな時間か。食事はもういいですか?」
「充分いただきました」
と答えながら土岐も椅子を軋ませながら引いた。
「今晩話したことは、あくまでもわたくしの個人的な見解です。政府も国鉄総裁も国鉄の電化を望んでいます。ただ、わたくしは立場上、可能な限りコストを抑制したいのです。ミスター・トキには、そのことを強調しておきたかったのです」
「そのことは、財務分析の基本です。コストとベネフィットが見合うのでなければ、そのように報告するだけのことです」
と言う土岐の背中を左手のひらで押すようにして、丸山が立ち上がった。丸山の手のひらの湿り気が手形のように土岐の背中に残った。
シュトゥーバの家族は最後まで姿を現さなかった。南北に走る国道に出る途中でそのことを丸山に問うと、
「この国では、自宅に招待しても家族は姿を見せないのが習慣なんです。ぼくも、今日で2度目ですが、彼の家族を見かけたことがないんです」
と手探りで歩きながら言う。薄暗い土壁の隣の部屋で息を潜めていたと思われるシュトゥーバの家族の気配が、いまごろになって背中に感じられた。彼の家のほうを振り返ってみたが、黒い塊のような闇以外には何も見えなかった。
ホテルに帰るタクシーの中で、お土産のカレンダーを忘れたことを土岐は思い出した。
「お土産のカレンダーをシュトゥーバの国鉄の部屋に持って行っていいですかね?」
「いくつ持ってきたんですか?」
と丸山は答える前に聞いてきた。
「3本ですけど・・・」
「全部あげられますか?」
「他にあげた方がいいような人はいますか?」
と土岐が答える前に聞いた。
「カウンターパートだけでいいとおもうんですが・・・数が少ないと事務室で露骨にいやな顔をする人もいますから・・・」
「どうしてですか?」
「この国では人前で何か貰ったら関係者に分けなければならないという文化があるんです。だから、独り占めしたいような貴重なものは、事務室ではなくて、自宅かどこかで、こっそりとあげなければならないんです。三本あげれば、彼はそのうちの二本を部下にあげて、部下たちは一枚ずつ切り離して分けるでしょう」


