〈親愛なるミスター・トキ、君のおかげでわが国の国民は累積債務の塗炭の苦しみを免れた。君のアペンディックスは君の国の新聞社の特派員がわたくしに見せてくれた。その特派員は何度聞いても情報提供者の名前を教えてくれなかった。君の国では情報提供者の名前を絶対に明かさないとのことだが、君が提供したものだと信じている。なぜならば、この情報をわたくしは君に求めたからだ。君以外に一体だれがこの情報をわたくしに提供するというのだ。わたくしはこの情報を国鉄総裁や財務部長に見せて説明したが、プロジェクトを検討しなおす姿勢を見せなかったので、この情報をその特派員の助言にしたがってわが国の新聞社と中央銀行総裁に提供した。その結果、このプロジェクトは大統領の裁定でひとまず棚上げとなった。その特派員はこの記事を本社に送信したらしいが、本国の新聞には掲載されなかったそうだ。そこでこの絵はがきを書いている。
大使館のミスター・ミハシ、ミスター・シライシ、ミスター・ニシハラ、それに扶桑物産のミスター・ミナミダには随分と非難されたが、わたくしの判断は正しかったと信じている。いま、財務副部長の職を解かれ、一国鉄省員として働いている。給与はすこし減額されたが、空港で君を見送った息子には胸を張っている。その息子が君からもらったおカネは少し多すぎたので、返そうと思っていたが、そういう事情で使ってしまった。このおカネにも感謝している。ところで、写真は首都近郊の海岸の風景だ。太古の地球には海水はなかった。大海も最初は一滴から始まった。わたくしのしたこともその程度のことだろうと思う。しかし、一滴がなければ大洋は存在しない。君の一滴とわたくしの一滴がいつかどこかの海域で繋がることを祈っている。君の忠実なる友、カッシー・シュトゥーバ〉
土岐は、もう一度絵葉書の写真を見た。母は英語が読めない。母は郵便受けからこの絵はがきを取り出し、どんな思いで見ていたのか。母の戸惑いと潮のかおりが漂ってくるようだった。一度も行かなかったが、この海岸は国鉄省の作業場からそれほど遠くはなかったはずだ。おそらく、ふたたびS国に行くことはないと思うと、熱いものがまぶたにあふれた。写真が歪んで見えたあと、熱いひとしずくが写真の青い海の上にこぼれた。霊安室の薄暗い照明にきらめきながら、そのしずくは洋上に吸い込まれて行った。
大使館のミスター・ミハシ、ミスター・シライシ、ミスター・ニシハラ、それに扶桑物産のミスター・ミナミダには随分と非難されたが、わたくしの判断は正しかったと信じている。いま、財務副部長の職を解かれ、一国鉄省員として働いている。給与はすこし減額されたが、空港で君を見送った息子には胸を張っている。その息子が君からもらったおカネは少し多すぎたので、返そうと思っていたが、そういう事情で使ってしまった。このおカネにも感謝している。ところで、写真は首都近郊の海岸の風景だ。太古の地球には海水はなかった。大海も最初は一滴から始まった。わたくしのしたこともその程度のことだろうと思う。しかし、一滴がなければ大洋は存在しない。君の一滴とわたくしの一滴がいつかどこかの海域で繋がることを祈っている。君の忠実なる友、カッシー・シュトゥーバ〉
土岐は、もう一度絵葉書の写真を見た。母は英語が読めない。母は郵便受けからこの絵はがきを取り出し、どんな思いで見ていたのか。母の戸惑いと潮のかおりが漂ってくるようだった。一度も行かなかったが、この海岸は国鉄省の作業場からそれほど遠くはなかったはずだ。おそらく、ふたたびS国に行くことはないと思うと、熱いものがまぶたにあふれた。写真が歪んで見えたあと、熱いひとしずくが写真の青い海の上にこぼれた。霊安室の薄暗い照明にきらめきながら、そのしずくは洋上に吸い込まれて行った。


