フィジビリティスタディ

 それから何が起こったのか、土岐には断片的な記憶しかない。長い時間だったのか、ほんの数分のことだったのか、分からない。母の臨終をいつ担当医が告げたのか記憶がない。
 若い担当医は、どういう言い方をしたらいいのか、戸惑うように、
「たぶん、症状からして、くも膜下出血だと思います。病理解剖を希望しますか?」
というようなことを言った。
「いいえ」
と土岐は答えた。いつか母が、
「死んだ後、切り刻まれるのはいやだ」
と言っていたのを思い出したからだった。父が死んだときも、父は献体してもいいようなことを言っていたが、母は担当医にそのことを申し出なかった。
「それでは死因は心不全でよろしいですか?」
「ええ」
 担当医が言っている意味がよく分からなかったが、土岐はそう答えた。
「でも、くも膜下出血であれば、もっと痛がるはずなんですがね。・・・そういう様子はなかったですか?」
「ええ。・・・普段から我慢強い人で、不快な表情をすると周りにいる人も不愉快になるから、それが自分にも巡り巡ってくる。・・・だから、どんなに不快なことがあっても顔に出してはならないということを信条としていた人でした」
 そう言いながら、我慢、忍耐、気配り、気遣い、思いやり、忖度、自己犠牲、という母を評するキーワードが脳裡にうかんだ。
「でも、痛いときには痛い、苦しいときには苦しいと言ってくれないと、診断を誤ることにもなります。・・・それから、到着がもうすこし早ければ、なんとかなっていたかもしれませんが・・・まあ、まれにたいした痛みを伴わない症例がないことはないんですが・・・」
と非は自分には一切ないということを強弁する。
 母はベッドに横たわったまま看護師に付き添われて奥行きのある灰色のエレベーターで病棟地下の霊安室に移動された。カラカラとベッドの脚先の車輪が軋み音をたてる。急ぐ必要もないのに、看護師の歩き方が足早に思えた。地下一階は真っ暗だった。緑色の避難灯だけが煌々と灯っていた。看護師は薄暗さに目が慣れて来た廊下をベッドを押しながら、
「病室でなくなられたんなら、病室の方で清拭をしたり、着替えをさせたりするんですけど、いま病室の方、あきがなくって・・・ごめんなさいね」