土岐は直接、大学就職の件を金井に言ったことはなかったが、岩槻が金井に言った可能性がある。大学就職が確定すれば、土岐のポストの後任を探さなければならないので、そのことを金井に匂わせたとしてもおかしくない。もともと、東亜クラブの職を斡旋してくれたのは、岩槻が東亜政経学会で金井と面識があったからだ。岩槻にしてみれば、自分が紹介した事務員を自分の都合で大学に引き抜くのであれば、事前に断りの連絡をするのが常識だろう。いつの時点で金井がその情報を岩槻から得たかは分らないが、金井がその大学教員のポストを得るために、画策したとしても不思議ではない。金井は専務理事の萩本や現地大使館の大使の三橋や一等書記官の白石や経済産業省からの出向の西原と国立大学の同窓だ。大学設置審議会の同窓の委員に手を回したことは十分考えられる。
中央線沿線の住宅街を眺めながら、土岐は金井に出した年賀状の住所が、港区台場であったことを思い出した。土岐が東亜クラブに就職して間もないころ、理事長室の窓からレインボーブリッジを指差して、
「あの橋の先の海浜公園の先の高いマンションが自宅です」
と金井が語っていた情景がよみがえって来た。事務室の隣のサロンで現理事長の還暦祝いのパーティーを開催した夜、一度だけ一緒に帰宅したことがあった。そのとき金井はゆりかもめで始発の新橋から乗りたいと言って、新橋で降りた。普段は竹芝で乗り降りしているが、事務所から10数分も歩きたくないときや、どうしても台場まで座ってゆきたいときは、始発の新橋からゆりかもめに乗ると言っていた。金井が新橋で降りて、宅配業者に10万円入りの封筒を預けた可能性は十分にある。しかし、そのことを確認することに土岐は意味を見出すことはできなかった。かりにそれが真実であるとしても残額の100万円を金井に請求できる権利があるのかどうか、土岐には疑問だった。
中央線沿線の住宅街を眺めながら、土岐は金井に出した年賀状の住所が、港区台場であったことを思い出した。土岐が東亜クラブに就職して間もないころ、理事長室の窓からレインボーブリッジを指差して、
「あの橋の先の海浜公園の先の高いマンションが自宅です」
と金井が語っていた情景がよみがえって来た。事務室の隣のサロンで現理事長の還暦祝いのパーティーを開催した夜、一度だけ一緒に帰宅したことがあった。そのとき金井はゆりかもめで始発の新橋から乗りたいと言って、新橋で降りた。普段は竹芝で乗り降りしているが、事務所から10数分も歩きたくないときや、どうしても台場まで座ってゆきたいときは、始発の新橋からゆりかもめに乗ると言っていた。金井が新橋で降りて、宅配業者に10万円入りの封筒を預けた可能性は十分にある。しかし、そのことを確認することに土岐は意味を見出すことはできなかった。かりにそれが真実であるとしても残額の100万円を金井に請求できる権利があるのかどうか、土岐には疑問だった。


