フィジビリティスタディ

 狭隘な救急車の後部で横たわる母と一人の救急隊員と土岐の3人になった。窮屈な車内で土岐は救急隊員とともにベッドの傍らの長椅子に腰掛けた。
「なにか、持病はありましたか?」
と聞かれたので、
「糖尿病があります」
と答えた。
「血糖値はどのくらいですか?」
と聞きながら、運転手が搬送先の病院に電話しているのを傾聴している。
「最高で二百か三百か・・・そのくらいだと思います」
 本当はよく知らなかった。
「倒れたのは初めてですか?」
「ええ」
 運転手は、後部座席の会話に耳を傾けながら電話を掛け続けている。搬送先の病院がなかなか決まらないようだった。もう一人の救急隊員と母の病歴や生年月日や血液型についてのやり取りが、四、五分続いた。もう聞くことがなくなったようで、隊員は再び母に声を掛けた。
「土岐さん。聞こえますか?」
 母は何も答えない。うめき声も聞こえてこない。耳を澄ますと微かな息の音がかろうじて聞こえてくるだけだった。救急車の屋根の上で点滅している赤色灯と同じようなものが土岐の頭の中で回転していた。やっと、救急車が思い出したようにサイレンを唸らせて走り出した。119番に電話してから、30分以上経過していた。
「たぶん、二次救急では対応できない症状なので、救急救命センターに向かいます」
と運転手が言う。救急車はゆっくりと走り続けた。交差点で赤信号に遭遇するとサイレンの音を大きくして、スピーカーで周囲に注意を促すが、逆に車の速度は低下する。

 それから30分足らずで救急病院に到着した。救急車は救急病棟の車寄せに滑り込んだ。正面玄関だけに照明がともり、その両脇の部屋の照明は暗かった。看護師が二人、玄関先で待ち構えていた。折りたたみの担架が救急車から先に下ろされ、担架の足が延ばされた。看護師がかがみこむようにして歩きながら母の耳元で何かを囁いている。母は何も応えない。
 担架は照明が半分落とされた薄暗い廊下の突き当たりの、浅黄色のカーテンだけで仕切られたベッドの脇で止まり、母が持ち上げられて病院のベッドに仰向けに移動させられた。周囲に同じようにカーテンだけで仕切られたいくつかの空間があった。白衣に手を通しただけの若い当番医が泰然と現れた。首に聴診器とセキュリティ・カードを下げている。母の目の中をペンライトでのぞき込みながら、
「わかりますか?」