フィジビリティスタディ

 土岐は大学の専任の件は、母には言わないでよかったといまさらながら思う。言っていれば、期待だけ持たせて、落胆させていたところだろう。事務局長就任の件も土岐が希望的観測で勝手に願望していることで、このことも母には言わない方がいいと思う。しかし、この希望的観測は土岐の心の傷をいやすのに多少効果があった。

 その日の午後、金井と専務理事は一、二時間、二人だけで理事長室で話し込んでいた。たぶん、文部科学省の審査が通ったら、東亜クラブの事務局長職を辞すという話だろうと思う。事務局長の後任人事が話題になっているのかもしれない。専任教員となっても、一週間まるまる大学に拘束されるわけではないから、理事長の篠塚のように、週二、三日は嘱託のような形で、東亜クラブの雑務を消化することができるだろう。事務の引き継ぎもしなければならない。土岐が後任になれば、事務の引き継ぎはスムースに行える。東亜クラブには基本的にたいした業務はないので、金井が事務局長でなくなっても、それほどの問題は生じないだろう。
 その日の夕方、東亜クラブのリーフレットが出来上がってきた。予定よりだいぶ納品が遅くなったが、河本印刷の外回りに悪びれた様子はない。今回に限ったことではないが、東亜クラブの発注額がわずかであるため、他の仕事を割り込ませていたようだった。出来上がったリーフレットを金井と福原に一部ずつ持って行った。二人とも一瞥しただけで、とくにコメントはなかった。福原はなんとなく状況を察知したようで、土岐に対する態度が妙によそよそしくなっていた。そう感じるのは土岐の邪推なのかもしれない。
 高層ビルの窓の外はすでに夕闇が支配し、隣り合うビルの窓灯りが明るさを増していた。レインボーブリッジにも明かりがともされた。部屋の照明にも外界の照明にも目の細かい網がかかっているようで土岐の視野を重く深い闇がとり囲んでいた。外界の闇が濃くなるにつれ、鏡のような窓に映る事務所内の光景が次第にコントラストを強めてきた。
 
 帰宅までの通勤電車の中の景色もいつもと違って見えた。車内広告のカラフルな色彩が鼠色を帯び、空々しく思えた。駅に到着するたびに乗り降りする客の土岐の体への接触が悪意のあるもののように感じられた。