フィジビリティスタディ

 土岐はもう一度問題を整理した。国鉄省の作業所で最初にシュトゥーバに説明したキャッシュ・フローは大幅の赤字だった。次に、国鉄総裁室でプレゼンテーションしたときには大幅の赤字が小幅の黒字に化けていた。その根拠をシュトゥーバに質問されて、後日報告書の中で答えると言ってお茶を濁した。
(シュトゥーバはそのことをおそらく忘れてはいないだろう。見送りに来た空港で念を押したくらいだから)
と記憶を反芻した。しかし、赤字を黒字に転化させた詳細については、報告書に盛り込まないことを王谷から言い渡されている。シュトゥーバへの回答を報告書に何らかの形で書くべきかどうか、決断がつかなかった。
「書くな」
という王谷の指示は業務命令であるから、扶桑総合研究所から報酬を受取る以上従わざるを得ない。
(しかし、そういう組織の論理を厭うからこそ、営利企業への就職を回避し、モラトリアム人間として大学院に進学したのではなかったのか。だが、そういう自分の来歴は王谷の指示に反旗を翻すほど自分にとって重要なものなのかどうか。大学院の博士課程後期課程を修了してオーバー・ドクターの身分にある自分にとってどれほどの意味を持っているのか。王谷の指示に従わなければ、残金の90万円が成功報酬として入ってくる。王谷の指示に従えば、これからも扶桑総合研究所からのアルバイト収入を期待できる)
という思いが頭の中を幾度も駆け巡った。
 1時間ばかり、とつおいつ思案してみたが、結論は出なかった。思考の焦点の合わないまま、茫然としていると、福原が脇を通り過ぎながら声を掛けてきた。
「どうしたの?アイディアが浮かばないの?」
「いえ・・・あることを書こうか、書くまいか、迷っているんです」
と答えたが、言い終えないうちに通り過ぎて行った。そのとき、
「やるべきか、やらざるべきか、迷ったときはやるべきだ」
という母の言葉を思い出した。そこで、シュトゥーバへの回答を報告書のどこかに、何らかの形で書き込むことを考えた。しかし注については、王谷から、
「学術論文じゃないんだから、脚注は極力つけないように」