フィジビリティスタディ

 翌水曜日の午前中は、原稿をもう一度ブラッシュ・アップする作業にあてた。シュトゥーバの質問に対する回答を除き、午後になると原稿はほぼ完成し、手持ち無沙汰になった。金井も土岐の作業に気を遣ってくれているようで、雑用を言いつけてこない。作業が終わったと言えば、雑用を押し付けられることが予想されたので、もう一度報告書を通読することにした。読みながら、収支結果を導く際に使用したさまざまな前提をどう書きこむか考えた。結論は、王谷に強要されたように書きながら、しかし、良く読めばプロジェクトが大赤字であることをどのように表現するか、土岐は迷った。
 作業に集中しているときは気付かなかったが、自分のつたない英文を読みながら、福原が少女のような甲高い咳払いをしたり、金井が間歇的に鼻水をすすったりする音が気になった。一通り読んでみて、何かが欠けている気がしてならなかった。
〈画竜点睛を欠く〉
という言葉が頭の中を徘徊していた。ぼんやりとはめ殺しの分厚い窓の外の曇天を眺めていると、空港まで見送りに来たシュトゥーバとその子どもの顔が思い出された。生活環境の変化のせいか、数日前のことが数週間前のことのように思われた。
 昼過ぎに、
〈Kakusifile〉
からメールを受信した。
 @現地調査、ご苦労様でした。当方で事前調査した通りの状況のようです。今回のフィージビリティ・スタディは、日本からのODAの正当性を説明する資料として使われる予定です。国会の予算委員会で審議の対象となることはないとは思われますが、償還されるあてのない援助を供与することは国民の血税を詐取することになります。このまま、プロジェクトの黒字を擬装した報告書を提出することは、その詐取に加担することになります。日本の納税者のためにも、被援助国の国民のためにも、このプロジェクトは破綻させなければなりません。あなたが正義を貫徹することによって失う利益は、成功報酬の90万円では少ないかもしれませんが、正確な報告書を作成し、このプロジェクトが巨額の赤字を生み出すことを明記してください。残額の90万円と現地経費の10万円はお約束通り、間違いなくお支払いすることを確約いたします。なお、完成した報告書はこのアドレスに添付ファイルとして送信してください@