と答えると、王谷は床にタバコの灰を指先で落としながらファースト・クラスの搭乗口に歩いて行った。おみやげ品に目移りがして迷っているうちに搭乗のコールが流れた。エコノミークラスの搭乗口に丸山と並びながら、東亜クラブの専務理事の萩本へのおみやげを買っていないことに気付いたが、面倒になった。専務理事が出勤してくる前の朝の時間帯に、金井と福原にお土産を配ればいいと考えた。夕方出勤してくる中村には専務理事が帰宅したあとでおみやげを渡すことにした。これで宅配便で受け取った十万円はほぼ使い果たした。
飛行機は正午過ぎに離陸した。丸山が窓際の席を譲ってくれたので、窓外の風景を見ることができた。海外旅行は初めてだということを言ったことがあったので、そうしてくれたのだと思う。丸山はそういう気配りのある男だった。
昼過ぎの上空は雲が多く、下界を見ても、白銀の雲海が見えるだけだった。しかし、3時過ぎに雲間が切れ、眼下に金糸と銀糸のつづら折りのような縮緬絵の大洋が見下ろせた。不意に機体に小さな衝突音がして、欠き氷のようにきらめく塊が散華して行くのが見えた。その氷片のようなものが大海のしずくとなって瞬く間に群青の海原に消えて行く様子をエンジン音にまどろみながら土岐は脳裡に描いた。
半日近くかかって香港に着陸した。香港を経由して、成田に到着したのは夜の八時過ぎだった。税関を出てすぐ、鈴村と母に無事帰国の電話をした。到着ロビーで初老のメンバーと別れの挨拶をした。丸山には余った現地通貨のコインを、
「立て替えてもらったチップです」
と言い添えて手渡した。チップにしてはすこし多かったが、丸山に対する感謝の気持ちがあった。土岐が現地にふたたび行くことがないのを丸山は知っているので、受取った瞬間、とまどう素振りを見せたが、そのコインを素直に受取った。
十一 熱い国からの帰国
八王子駅から自宅にタクシーで着いたのは夜の十二時近くだった。母は起きて待っていたが、みやげ話もせず、沸かしておいてくれた風呂にも入らず、くずおれるようにして床についた。肉体だけでなく精神も疲労困憊していた。
翌日の昼近くに、
「岩槻先生からの電話よ」
飛行機は正午過ぎに離陸した。丸山が窓際の席を譲ってくれたので、窓外の風景を見ることができた。海外旅行は初めてだということを言ったことがあったので、そうしてくれたのだと思う。丸山はそういう気配りのある男だった。
昼過ぎの上空は雲が多く、下界を見ても、白銀の雲海が見えるだけだった。しかし、3時過ぎに雲間が切れ、眼下に金糸と銀糸のつづら折りのような縮緬絵の大洋が見下ろせた。不意に機体に小さな衝突音がして、欠き氷のようにきらめく塊が散華して行くのが見えた。その氷片のようなものが大海のしずくとなって瞬く間に群青の海原に消えて行く様子をエンジン音にまどろみながら土岐は脳裡に描いた。
半日近くかかって香港に着陸した。香港を経由して、成田に到着したのは夜の八時過ぎだった。税関を出てすぐ、鈴村と母に無事帰国の電話をした。到着ロビーで初老のメンバーと別れの挨拶をした。丸山には余った現地通貨のコインを、
「立て替えてもらったチップです」
と言い添えて手渡した。チップにしてはすこし多かったが、丸山に対する感謝の気持ちがあった。土岐が現地にふたたび行くことがないのを丸山は知っているので、受取った瞬間、とまどう素振りを見せたが、そのコインを素直に受取った。
十一 熱い国からの帰国
八王子駅から自宅にタクシーで着いたのは夜の十二時近くだった。母は起きて待っていたが、みやげ話もせず、沸かしておいてくれた風呂にも入らず、くずおれるようにして床についた。肉体だけでなく精神も疲労困憊していた。
翌日の昼近くに、
「岩槻先生からの電話よ」


