フィジビリティスタディ

「この子のことを忘れないでくれ。債務を返すのはこの子なんだ」
と言いながら、中腰になって繋いでいた手で、子どもと一緒に手を振った。丸山と土岐も手を振ったが、すぐに背を向けた。その背中にシュトゥーバとその子どもがいつまでも手を振り続けているような気がした。突然土岐は、立ち止まると財布の中から現地通貨のうち紙幣だけを抜き出し、ティッシュペーパにくるんだ。日本円で数万円の金額だった。この金額は使用しても、帰国してからメールでの調査報告の経費として、
〈Kakusifile〉
に請求できるという考えが土岐にはあった。
 丸山は土岐を置いて免税店に入ってゆく。土岐は踵を返すと、シュトゥーバを追った。シュトゥーバとその子供に追いつくと、土岐は男の子の手にティッシュペーパに包んだ現地通貨を握らせた。子供は小さな手でそれが何かすぐ開けようとしたので、土岐は両手で子供の手を包みこんで言った。
「これは、わたしからの置き土産です。なにか、おいしいものでも食べてください」
と言い残して、土岐は小走りに免税店に向かった。シュトゥーバが何か言おうとしていたが、土岐は一度だけ振り返って、一方的に別れを告げた。
 搭乗のコールがあるまで、土岐は丸山と一緒に免税店でおみやげを物色した。東亜クラブの金井と福原と中村には木彫りの人形の彫刻をおみやげにした。価格より高そうに見えたからだ。扶桑総合研究所の鈴村と砂田はロウケツ染めのランチョンマットにした。母には何がいいか、迷った。
 母には土日に国内の学会が関東以外であると、出席したついでに、地元のおみやげを買うことにしていたが、何を買って行っても喜ばなかった。
「そういうお金があるのなら、お前のために使え」
といつも言われた。
 デューティー・フリー・ショップで土岐があれこれ物色していると、歩きタバコで王谷が近づいてきた。
「あ、それから、さっき、言い忘れたけど、あんた、オーバー・ドクターでしょ」
「ええ」
「だから言うんだけど、書いてもらうのはレポートなんで、・・・学術論文じゃないんで、脚注は極力つけないように・・・いいかな」
「わかりました」