フィジビリティスタディ

 総裁室を出るとき、エンジニア一人一人が総裁と握手して別れを告げた。土岐は最後に握手したが、総裁の白髪混じりに垂れ下がった長い眉毛の下の象のような目を直視できなかった。白い綿布の袖から伸びる総裁の手は厚く、甲に毛が密生し、脂ぎっていた。シュトゥーバと一瞬目が合ったが、彼の笑顔はこわばっていた。土岐は心の中の動揺を見透かされているような気がした。総裁室から出て、コンクリートの階段を下りながら、体内から成田を飛び立ったときの生気が喪失して行くのを感じた。昨夜の下痢のせいかも知れなかった。体は軽いのに、足は重く感じられた。

 国鉄省の正門に出て、プロジェクターとスクリーンをトランクに入れ、タクシーに乗り込むとき、体中に粘り気のある汗をかいていることに土岐は気付いた。助手席の丸山が弾んだ声を掛けてきた。
「6時から大使館で打ち上げがあります。5時半過ぎにホテルの玄関にお願いします」
 土岐はアルコールを摂取する気力が失せていたので、
「今夜は失礼させてもらいます」
と丁重に断った。敗北感と不快感に土岐は打ちのめされていた。
「体調でも良くないんですか」
「まあ、それもありますが、どうも気分がすぐれないんです」
「まあ、顔つなぎの意味でやるんですが、・・・三橋大使にも会っといた方がいいと思うんですけどね。・・・エンジニア以外は、この国に来ることはないと思います。と言っても、トランスポート・エコノミストの中井さんと土岐さんだけですかね・・・王谷さんとぼくはまた来ることになると思います」
 扶桑物産の事務所に立ち寄り、プロジェクターとスクリーンを降ろし、ホテルに着いたのは4時半すぎだった。
 エレベーターで7階に登り、部屋の前で別れるときに、丸山が残念そうに言った。
「じゃあ、われわれはこれから大使館に行きますが、明日は十時にホテルの玄関に集合です。お預かりしているエアチケットはそのときお返しします」
 別れ際に丸山はもう一度誘ってきた。
「残念ですね。大使館の料理はこの国で一番おいしいんですけどね。大使がとってもいい人で・・・、三橋大使にはこの機会でないとお会いできないかもしれないですよ。外務省の権力闘争で、一時的にこんな国の大使をやっていますが、いまの外務次官が退任した後は、ひょっとしたら、いずれ次官になるかも知れないと言われている人なんですよ」