フィジビリティスタディ

「問題は2つある。一つは消費者余剰。あんたは熟知しているから簡単に説明できると思っているかもしれないが、国鉄総裁はたぶん理解できないと思う。自分が理解していることを自分が理解しているように説明すれば、誰でも分かると思っているかもしれないが、それは相手のレベルが自分と同じか自分より上の場合だけに限られる。あの国鉄総裁はどうみてもあんたよりレベルは下だ。したがって、社会会計的に消費者余剰を含めれば黒字だという説明はまずい」
と言いながら王谷はレジュメのその文字をボールペンの先で激しく叩いた。
「それでは・・・」
と言いながら、メンバーの顔を一人一人見渡してみたが、土岐の目線に答えようとするエンジニアは一人もいなかった。
 王谷だけが答える。
「そのさ、・・・割引率3%の根拠だけど・・・」
「アメリカの財務省証券の長期国債の利回りです」
「そんなことはどうでもいい。それを引き下げれば、黒字になるでしょ」
 王谷の言う通りだった。巨額のコストは最初の5年間に集中している。複利計算で割引いても、それほど小さな金額にはならない。それにたいして、プロジェクト評価の最終年の35年目の売上は、3%で割引くと、名目金額の35%程度になる。つまり、65%割り引かれることになる。かりに、割引率を2%にすれば、35年目の金額は半分程度にしか割引かれない。割引率を1%引き下げれば、売り上げの現在価値は15%ほど増加する。
「たしかに、割引率を引き下げれば、このプロジェクトは消費者余剰を考慮しなくても黒字になります」
「そのほうが、国鉄総裁には分かりやすいんじゃないの。あんたも扶桑物産の事務所で西原さんに言ってたじゃない。消費者余剰の評価は、ディーゼルから電化への増加分でしかないって。そうだとすれば、消費者余剰の評価分なんてわずかなもんでしょ。・・・できれば、その割引率という言葉も、しろうとでも分かるように言い換えたらどう?」
「3%という割引率については、世界中の金融機関や投資家やディーラーやファンドマネージャーたちが市場で形成した値なので、これを恣意的に変えるというのはできない相談です」
と土岐はきっぱりと言った。心臓の鼓動が激しくなった。丸山が心配そうな顔色で王谷と土岐の表情を交互に見比べている。