「とにかく、インフレは人心を荒廃させる。賃金はインフレに遅行してしか上昇しない。だから、インフレ率以上に価格の上昇する財貨を手に入れた者が、キャピタル・ゲインを手に入れて、額に汗して働く人よりも、優雅な生活を享受する。国民みんながキャピタル・ゲインの取得に走ったら、実体経済は崩壊する。日本の不動産でもアメリカの住宅でもオランダのチューリップでもそういうことがあったでしょ」
と言い切ると、シュトゥーバは別れの挨拶もせずに作業所を出て行った。ぴしゃりと閉じられた引き戸の音に彼の憤然とした思いが感じ取れた。
丸山はシュトゥーバの見解をおおよそ理解したようだった。顔から先刻の喜色がすっかり剥げ落ちていた。しばらくのあいだ、机の上に目を落とし、何か思案を巡らせているようだった。
「あのぅ・・・シュトゥーバが最後に言ったことは、日本のバブル景気で踊った人のことを言ってたんですかね」
「さあ、彼がどの程度、日本のバブル経済とその崩壊のことを知っているのか?わたしだって、活字情報で知っている程度ですから・・・オランダのバブルの話はたぶん、チューチップの球根のことだと思うんですが、・・・それははるか昔のことだから、シュトゥーバだって、本か何かで得た情報だと思いますよ。彼が言おうとしたことはたぶん、
『待ちぼうけ』
という童謡のことじゃないですかね」
『待ちぼうけ』
という曲名を聞いて丸山は素っ頓狂な面差しを土岐に向けた。
「『待ちぼうけ』?って、あの童謡の・・・」
土岐は、音痴ではあるが、適当な旋律で歌ってみせた。
「♪待ちぼうけー、待ちぼうけー、ある日、せっせと、野らかせぎー、
そこへうさぎが飛んで出てー、ころり、ころげた木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー、しめた、これから寝て待とかー、
待てば獲物はかけてくるー うさぎぶつかれ、木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー きのう、桑取り、畑仕事―、
きょうはほおづえ、日なたぼこー うまい切り株、木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー きょうはきょうはで、待ちぼうけー
あすはあすはで森のそと、うさぎ待ち待ち、木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー もとは涼しいきび畑―、
いまは荒野のほうき草、寒い北風、木のねっこ・・・、おそまつさまでした」
「それって、北原白秋ですよね。
『待ちぼうけ』
と言い切ると、シュトゥーバは別れの挨拶もせずに作業所を出て行った。ぴしゃりと閉じられた引き戸の音に彼の憤然とした思いが感じ取れた。
丸山はシュトゥーバの見解をおおよそ理解したようだった。顔から先刻の喜色がすっかり剥げ落ちていた。しばらくのあいだ、机の上に目を落とし、何か思案を巡らせているようだった。
「あのぅ・・・シュトゥーバが最後に言ったことは、日本のバブル景気で踊った人のことを言ってたんですかね」
「さあ、彼がどの程度、日本のバブル経済とその崩壊のことを知っているのか?わたしだって、活字情報で知っている程度ですから・・・オランダのバブルの話はたぶん、チューチップの球根のことだと思うんですが、・・・それははるか昔のことだから、シュトゥーバだって、本か何かで得た情報だと思いますよ。彼が言おうとしたことはたぶん、
『待ちぼうけ』
という童謡のことじゃないですかね」
『待ちぼうけ』
という曲名を聞いて丸山は素っ頓狂な面差しを土岐に向けた。
「『待ちぼうけ』?って、あの童謡の・・・」
土岐は、音痴ではあるが、適当な旋律で歌ってみせた。
「♪待ちぼうけー、待ちぼうけー、ある日、せっせと、野らかせぎー、
そこへうさぎが飛んで出てー、ころり、ころげた木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー、しめた、これから寝て待とかー、
待てば獲物はかけてくるー うさぎぶつかれ、木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー きのう、桑取り、畑仕事―、
きょうはほおづえ、日なたぼこー うまい切り株、木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー きょうはきょうはで、待ちぼうけー
あすはあすはで森のそと、うさぎ待ち待ち、木のねっこ
♪待ちぼうけー、待ちぼうけー もとは涼しいきび畑―、
いまは荒野のほうき草、寒い北風、木のねっこ・・・、おそまつさまでした」
「それって、北原白秋ですよね。
『待ちぼうけ』


