フィジビリティスタディ

と左手を指差した。線路の両側に屋根のないプラットフォームが三本あり、線路の中には紙やプラスティックなどの生活ゴミがゴミ捨て場のように散乱していた。こちら側の線路にえび茶色のディーゼル機関車が停車していた。十数メートルしか離れていない。やがて、警報機が鳴り始め、遮断機が水平に下りてきた。十名ほどの人々が線路の中に取り残されたが、誰も走り出そうとしない。錆びだらけの自転車で遮断機をかいくぐる者もいる。どこからともなく人々が遮断機の前に集まり、道の両側から次々と遮断機を潜る。しかし、遮断機を背にして、線路を渡らずにそこに立ち止まる。向こう側の遮断機からも踏み切りの中央に人々が出てきて、横並びの列ができた。若年と中年の男たちで、老人や女性はいない。警笛とともに、ディーゼル機関車がゆっくりとこちらに向かって走り出してきた。重い硬質の地響きが伝わってくる。線路を挟んで五十人ほどが横並びになって、身じろぎもしない。やがて、機関車がかれらの眼前を通り過ぎると、先頭の客車のドアステップに足をかけ、両手で手すりを掴んで、横並びの先頭から順に数人の男たちが飛び乗ってゆく。次の客車にも同じように二、三人の男が飛び乗ってゆく。最後の車両が通りすぎるとき、残された一人が列車と並走しながら踏み切りの先で飛び乗って行った。車掌がその光景を、車窓から半身を乗り出して何事もないかのように見守ったまま、列車は通り過ぎて行った。
 唖然として傍観していた土岐に南田が話しかけてきた。
「どの駅でもこんな調子です。まともに切符を買うのは荷物の多い行商や幼児連れの連中や足腰の悪い老人だけです。女性は着ているものの関係で、飛び乗るのは無理で、それにこの国の女性はほとんど外出しないんです。当局は取り締まるつもりはないようです。カネがあれば切符を買うはずだから、こういう連中はカネがない、カネのない連中からカネは取れないという論理です。まあ、ある種の貧民救済というか、実物給付というか、生活保護というか、日本でも敗戦直後はこういう情景があったんじゃないですかね。白黒のニュース映像で見かけたことがありますけど・・・この国のある鉄道マンは、
『彼らがカネを払おうと払うまいと、列車は走っている』
とも言ってました。
『乗っても乗らなくても列車は走るんだから、無賃乗車の何が悪い』