「つまり、運賃が多少上がっても、代替するバスが走っていなければ、電車乗車の需要は価格が1円以上に上昇しても、ほとんど減らないということだ。普通、価格が上がるとその商品に対する需要が減少するのは、人々がほかの商品を買うようになるからだ。輸送手段が電車しかないとなれば、多少運賃が上昇しても、乗客は減らない」
と言いながら西原は需要曲線が立っているということを強調するように何回もボールペンでなぞる。
「そうなれば、消費者余剰は限りなく大きくなる。建設コストなんか目じゃない。電化すべしという結論になる」
土岐は焦りを感じた。西原の主張が通れば、成功報酬の九十万円がふいになる。
一般的に、消費者余剰の金額にしても需要曲線の形状にしても誰も正確には知らない。プロジェクトにゴーサインがでるときの最後の決め手になるが、誰も確証を持っていない。日本の多くの不効率な公共投資は需要予測をお手盛りにすることで実行に移されてきた。過剰な需要予測はプロジェクトをごり押しする際の官僚の常套手段だ。
(西原の話は、交通輸送手段を新規に立ち上げる場合には方向性としては正しい。しかし、ディーゼル機関車を電気機関車に代替するのが今回のプロジェクトだから、消費者余剰は既に存在している。電化によって大幅に増加するとは言えない。現在のディーゼル列車の運行においてもほぼ同額の消費者余剰は発生している)
と思いながら土岐は西原の誤りを指摘した。
「でも、現在のディーゼル列車でも、消費者余剰は発生しているので、電車による消費者余剰で評価すべき部分はディーゼルから電化への増加分になるんじゃないですか?そうであるとすると、電化による消費者余剰の増加は、それほど大きくないんじゃないですか。電化によって運行ダイヤが正確になるとか、スピードが上がって駅間の時間が短縮されるというようなことで、需要は多少増えるかもしれませんが、極端に言うと、乗客にとっては車両がディーゼル列車から電車に変わるだけのことで、鉄道で移動するという点では、ほとんど何も変わらないんじゃないですか」
と言いながら西原は需要曲線が立っているということを強調するように何回もボールペンでなぞる。
「そうなれば、消費者余剰は限りなく大きくなる。建設コストなんか目じゃない。電化すべしという結論になる」
土岐は焦りを感じた。西原の主張が通れば、成功報酬の九十万円がふいになる。
一般的に、消費者余剰の金額にしても需要曲線の形状にしても誰も正確には知らない。プロジェクトにゴーサインがでるときの最後の決め手になるが、誰も確証を持っていない。日本の多くの不効率な公共投資は需要予測をお手盛りにすることで実行に移されてきた。過剰な需要予測はプロジェクトをごり押しする際の官僚の常套手段だ。
(西原の話は、交通輸送手段を新規に立ち上げる場合には方向性としては正しい。しかし、ディーゼル機関車を電気機関車に代替するのが今回のプロジェクトだから、消費者余剰は既に存在している。電化によって大幅に増加するとは言えない。現在のディーゼル列車の運行においてもほぼ同額の消費者余剰は発生している)
と思いながら土岐は西原の誤りを指摘した。
「でも、現在のディーゼル列車でも、消費者余剰は発生しているので、電車による消費者余剰で評価すべき部分はディーゼルから電化への増加分になるんじゃないですか?そうであるとすると、電化による消費者余剰の増加は、それほど大きくないんじゃないですか。電化によって運行ダイヤが正確になるとか、スピードが上がって駅間の時間が短縮されるというようなことで、需要は多少増えるかもしれませんが、極端に言うと、乗客にとっては車両がディーゼル列車から電車に変わるだけのことで、鉄道で移動するという点では、ほとんど何も変わらないんじゃないですか」


