「いいえ。兵庫の明石です。本社は愛知なんですが、三州瓦の工場が明石にあったもので。結婚以来ずっとそこにいたんですが主人も定年近くなったので、体力が要らない管理職的な職場をということで、東京支社に転勤してきたんです。いま営業課長をやっています」と抑揚のないしゃべり方だ。関西訛りが全く混ざっていない。
「WSJにお嬢さんは行ったことがあるんじゃないですか」
「WSJって?」
と中年女はアルファベットを頼りなげに発音した。
「ワールド・スタジオ・ジャパンです」
「聞いたことはありますが」
と中年女は土岐に縋るような目で言う。
「アメリカの映画会社が造ったテーマパークです」
「ああ、それなら行ったことがあるかも知れないですね」
そこで、土岐が合いの手をいれた。
「やっぱり」
「なにがやっぱり、なんですか?」
と中年女は目尻を少し引き上げ狐目で詰問するような口調になった。
亜衣子が質問した。
「高校一の時にWSJに行ったんじゃ?」
「娘はあまり友達を作らない性格で、小学校と中学校と他の友達が皆行っても高校に入る迄は一度も行ったことがなかったんです」
それを聞いて亜衣子は我が意を得たりとばかりに、土岐の顔を見てウインクした。土岐は正座していた足がそろそろ限界に近づいてきた。いったん立ち上がるような素振りをして足を崩した。
「どうも夜分ありがとうございました」
と言う亜衣子の横で土岐は、
「自己紹介が遅れましたが、土岐明といいます。それではこれで」
と勝手にいとまごいをした。
「わざわざありがとうございました」
とやせぎすの中年女は感謝を単調に述べた。表情が乏しいので感謝しているようには見えない。
その家の外に出ると南條がいきなり土岐の二の腕をつかんだ。
「WSJの件を吐いてもらうぞ」
と言いながら数軒となりの居酒屋に土岐を押し込んだ。入口の藍染ののれんが異様に長い。赤いちょうちんも一メートルばかりあった。亜衣子は入るのをためらった。
「おいしそうな、お店だよ。あったかいよ」
土岐が暖簾の間から首だけ出してすがるように亜衣子を誘った。
「事情聴取に素直に応じれば南條さんがおごってくれるって」
「WSJにお嬢さんは行ったことがあるんじゃないですか」
「WSJって?」
と中年女はアルファベットを頼りなげに発音した。
「ワールド・スタジオ・ジャパンです」
「聞いたことはありますが」
と中年女は土岐に縋るような目で言う。
「アメリカの映画会社が造ったテーマパークです」
「ああ、それなら行ったことがあるかも知れないですね」
そこで、土岐が合いの手をいれた。
「やっぱり」
「なにがやっぱり、なんですか?」
と中年女は目尻を少し引き上げ狐目で詰問するような口調になった。
亜衣子が質問した。
「高校一の時にWSJに行ったんじゃ?」
「娘はあまり友達を作らない性格で、小学校と中学校と他の友達が皆行っても高校に入る迄は一度も行ったことがなかったんです」
それを聞いて亜衣子は我が意を得たりとばかりに、土岐の顔を見てウインクした。土岐は正座していた足がそろそろ限界に近づいてきた。いったん立ち上がるような素振りをして足を崩した。
「どうも夜分ありがとうございました」
と言う亜衣子の横で土岐は、
「自己紹介が遅れましたが、土岐明といいます。それではこれで」
と勝手にいとまごいをした。
「わざわざありがとうございました」
とやせぎすの中年女は感謝を単調に述べた。表情が乏しいので感謝しているようには見えない。
その家の外に出ると南條がいきなり土岐の二の腕をつかんだ。
「WSJの件を吐いてもらうぞ」
と言いながら数軒となりの居酒屋に土岐を押し込んだ。入口の藍染ののれんが異様に長い。赤いちょうちんも一メートルばかりあった。亜衣子は入るのをためらった。
「おいしそうな、お店だよ。あったかいよ」
土岐が暖簾の間から首だけ出してすがるように亜衣子を誘った。
「事情聴取に素直に応じれば南條さんがおごってくれるって」


