そして俺は次の日も朝早くから山に向かった。道はもうある程度わかっているので今までより早く、それでいて安全に進むことができ、簡単に約束の場所に着くことができた。

「あ、やっほー。」
ヨーコ姉ちゃんは先に着いていて、昨日いた大きな岩の上に座っていた。
「早いね。俺も随分早く出たつもりだったけど。」
「私の方が家から近いのかな?」
「かもね。ところで今日は何しようか?」
「そうだねー。とりあえずこの辺りを探検してみる?」
「おう。そうしよう。」
なんだろう、ヨーコ姉ちゃんと一緒だとありきたりな遊びでも本当の探検のように思える。何があるのかと凄くワクワクする。


その日は辺りの探索に終始した。川に流れる湧き水の一つ、謎の小さな洞窟、やけに巨大な木、たくさんの面白そうなものが見つかった。
次の日は木にツタをかけて移動する遊びをやった。
その次の日は川で泳いだ。
また次の日は川に小さなダムを造ったり魚を捕まえたりした。
更に次の日は木登りをした。場所が谷のため特別いい景色が見れるわけでないが、やはり高くに行きたい。行けるとこまで登って枝に腰掛けると、ヨーコ姉ちゃんがすぐに隣に座った。そのことが俺には驚きで、でもヨーコ姉ちゃんなら驚くことじゃない。それが嬉しかった。


「俺さ、今まで木登りしても隣には誰もいなかったんだ。それが当たり前だし何とも思ってなかったんだけど、今思うと・・・もしかしたら寂しかったのかもしれない。だから今すげー新鮮だよ。」
俺はこの寂しかったという気持ちを今まで自分でもわかっていなかった。
そして俺が今なんて思っているかヨーコ姉ちゃんには知ってもらいたいって思った。
「私も、似たようなものなんだ。だからこんなところまで来たんだと思うし。私たちさ、似たもの同士かもね。」
「俺、ヨーコ姉ちゃんに会えて良かったよ。」
「そう?そう言ってくれると嬉しいな。私もマコト君と遊ぶの楽しいよ。こんなに張り合いがあって思いっきり遊べるの初めてだもん。」
二人の時間。二人だけの時間。孤独を埋めてくれる温かい関係。

「ヨーコ姉ちゃんが同じ学校だったらよかったのに。そうすれば毎日もっと遊べるのに。」
「・・・毎日ここに来てるけど、学校の友達とは遊ばなくていいの?」
「前にも言わなかったっけ?あいつらは俺とは遊べないんだ。もうついていけないって。」
「ふーん。でもその友達は今までマコト君についていこうとしてたんだよね?」
「ついてこれなかったけどね。」
「じゃあ、ついていけないのについていこうとした。そのことを忘れちゃダメだよ?」
「どういうこと?」
「その友達はマコト君と遊びたいんだよ。だから無理してついていこうとしたんだよ。結果としてついていけてないとしても、そう思ってくれてる友達を大事にしないと。」
ハッとさせられた。俺は今まであいつらのことを全然考えてなかった。優越感を感じることはあっても、それでもなお一緒にいようとするあいつらの気持ちなんて考えたことなかった。
「・・・俺、謝らなきゃ。喧嘩しちゃったんだ。俺から謝らなきゃ。弱虫とか思ってたけど、きっと頑張ってたんだ。もしかしたら、心配してくれてたのかも知れない。」
「うん。詳しいことはよくわからないけど、マコト君がそう思ったんなら、きっとそれが正しいと思うよ。」
「ありがとう。俺、本当にヨーコ姉ちゃんに会えて良かった。何ていうか、大人に近づけた気がするよ。」
「・・・うん。マコト君は偉いね。凄いね。」
「何が?」
「ううん。何でもない。やっぱり、私もマコト君に会えて、ここで遊べて、良かったよ。」

その日は時間が来るまで二人で話をした。ヨーコ姉ちゃんは頭がよくて、俺の知らないことをたくさん知っている。そこで俺は色々なことを考えた。
俺は今まで自分勝手だった。他人のことなんて全然考えてなかった。優しくなかった。
俺はもっと強く、そして賢く、優しくなりたい。ヨーコ姉ちゃんと本当の意味で互角に、対等になりたい。そんな想いが芽生えていた。



帰り道、町を歩いていると優紀子を見つけた。同様に帰り道なのか一人で歩いている。この前怒鳴ってしまったことを後ろめたく思って声をかけずにいようかとも思ったが、ヨーコ姉ちゃんとの話を思い出し、勇気を出し声をかける。

「優紀子!」
振り返る優紀子は俺を見て少し驚いたような顔をした。俺の方から声をかけてくるとは思わなかったのか、それとも俺がまだ怒っていると思っているのか。
「まこちゃん。」
「優紀子、この前はごめんな。」
「え?」
「この前さ、優紀子は俺のこと心配してくれてたのに、俺、あんな風に言っちゃって。」
「ううん。そんなこと、私の方こそごめんね。よくわかってないのに。」
「いや、俺が短気だった。心配してくれてありがとな。それだけ言いたかったんだ。」
「あ、うん。」
そう言って別れようとした時、
「まこちゃん、何かあったの?」
「どうして?」
「何か、優しい。なんだか前に戻ったみたい。」
「なんだそれ。」
「小学校入ったばっかりの頃はまこちゃん凄く優しかったから。でもどんどん乱暴になって。だから、私。でも、なんだか前のまこちゃんに戻ったみたいで、嬉しい。」
「俺、そんなに変わった?」
「うん。」
小学校に入る頃まではきっとただ楽しく遊んでただけだったんだろう。小学生になって、色んな遊びができるようになって、少しずつ皆に対してもどかしさを感じていたのかも知れない。そして皆との差は広がって、思い通りにならないとただ乱暴に怒って。
最低だな、俺。
今になるとそれがわかる。それに気づいてたのか、優紀子は。
「よく見てるな、優紀子は。もしかしたら俺よりよっぽど俺のことわかってたのかもな。」
「え?そ、そんな、そんなこと、えっと、普通だよ。」
「あいつらには学校が始まったら謝ることにするよ。後、これからはすぐ怒ったりしないように頑張るからさ、そういうの見つけたら教えてくれよ、直すから。」
「う、うん。」
「じゃあな。」


優紀子と別れて家に帰る。なんだか憑き物が落ちたような気分だ。気持ちが凄くサッパリしてる。そうか、こういうことなんだ。具体的に何かがわかった訳ではないけれど、何だか何かがわかったような気がした。
言葉にはできないけどあらゆることに対して目が覚めたような気分だった。
今の俺の気持ちとしては山に行っていることを親に全く言わないのは違うと思えた。
でも、もし言って山に行けなくなったらと思うと、やっぱり言えなかった。