「今日はありがとうございました」

 執事喫茶のアフタヌーンティーを堪能した後の帰りの道で、私は改めてお礼を言った。

「こちらこそありがとうございました。僕、イジメられてから、その後に出来た友達ともどことなく距離置いていたんですけど、今日は何だかいっぱいお話しできて楽しかったです」

 私も同じだ。でも、彼は変わろうとしてもがいている。言う事を諦めてしまった自分とは違う。
 丁度、公園が見えた。

「あのっ、もしよければ」
「はい」

変われるだろうか、私も。

「私と運動しませんか? そこの公園で。そのっ……えっと、MyTuberって運動不足じゃないです?」
「いいですね! 是非」

 運動の提案をしたのは単純明快だ。
 今、成仏させるのだ。私の手で。彼にとり憑いている幽霊を。

「ラジオ体操しましょう」

 私はスマホから音量大きめにしてラジオ体操第一を流した。彼は嬉しそうな目でリズミカルに体を動かし始める。よくわからないが乗り気ですごく有難い。私は彼と向かい合う形でラジオ体操を始めた・

 1・2・3・4とよく聞く男性の声に合わせて、手をあげ、また下ろす。その手の可動域に合わせて、幽霊が次々と浄化されていく。まるで花火のようだった。

 手を大きく回して、また近くを浮遊している幽霊が、花火のように綺麗に散る。最後のジャンプが終わる頃には、幽霊は残り1体になっていた。

「最後に、私と同じポーズしてもらえますか」
「はい」

 私は両手を大きく上にあげ、パンっと拍手をするようなポーズになった。それで、最後の1体が綺麗に消え失せる。曇り一つない紫のオーラが全身にみなぎっているのがようやく見えて、私は神秘的で思わず息をのむ。

「ラジオ体操ってこんなに清々しいものだったんですねぇ! 知らなかったです!」

 清々しいのには別の理由があると思う。意識はしていなかっただけで、身体にはとり憑かれているのが響いていたようだ。

「それは良かったです」

 これで私の役目は終わった。彼にしてあげることはもうない。こんな平凡な人生に少し楽しみを与えてくれた彼に感謝しなくては。

「あの、もし良かったらまた会えませんか?」
「え?」

 思考停止。また会う……とな?

「嫌でした?」
「あ、いえ」
「良かった」

 私は平凡に戻るつもりだったのに、どうやらそうさせてくれないらしい。でも、除霊方法が分かったんだ。毎回、除霊できるのならいいのかもしれない。

「私の友達も会いたいって言ってたんです。今度は誘ってもいいですか?」
「今度もまた2人きりがいいです」
「えっ!?」
「ふふっ、冗談ですよ。是非!」

 冗談と受け取っていいのかどうか分からない冗談を言って、彼は、走りだしてしまった。5mくらい走った後、彼は振り返った。

「また、会いましょう!」

 彼は大きく手を振る。私は小さく手をあげて応じた。まさか、こんなに元気になるとは。
 除霊って凄い。私も出来たらいいのに。
 私は大きく深呼吸して、近くにあったベンチに倒れるように座り込んだ。
 今日は何だか疲れたが、私にはまだしないといけない事がある。鞄から携帯電話を取り出す。気持ちが変わった今が実行のタイミングだ。連絡する相手はあの子。

「もしもし、那珂、今大丈夫?」

 自分が彼みたいに素直に生きるために、少しだけ心を開いてみよう。まずは身近な友達から。

「――そうそう、いつものファーストフード店で。うん、ちょっと、話したいことあるんだ」

 少し、変わってみよう。