「マジ? それで美奈、遅刻したの?」
「そう、ほんと、これ、どうしよー」
出会いは、いつも通学に使う満員電車だった。月曜日はいつも憂鬱だ。高校二年生で未だに人生の目標とか夢が無い私には、学校は活用できるか分からない呪文を覚える場所だった。でも、この呪文を覚えないことには、人生が詰む可能性がある。くだらない生き方を謳歌しているなぁとため息をついたとき、停車駅について、乗ってきた人に目が留まった。
初めて見る幽霊の数で、私は満員電車の圧よりも圧倒されてしまったのだ。幽霊が多すぎて誰に憑かれているか分からなかったくらいだ。しかも幽霊はすべて女性だ。とり憑かれる恐怖を感じながらも、好奇心は人一倍の私は、誰に憑いているか確かめる。すると、根源の人は、ブレザーを着ていて、他校の高校の生徒だというのが分かった。
可愛らしい子だ。校則に違反しない程度に暗めの茶髪でショートカットにしていて、髪の毛を遊ばせている。多分、男の子だと思うが自信がない。そのくらい中性的な顔だった。
その顔が、妙にこわばっている。心なしか顔面蒼白だ。これだけの幽霊が憑いているのだから仕方ないだろう。
(あれ? ……幽霊が移動している?)
不思議な光景だった。通常、幽霊は取り憑いている人物から離れない。それなのに後ろの男性にまるで移動していく。よく観察すると、男性の手がかすかに根源の人の体に触れているではないか。
(――これのせいだ!)
私は人と人の間を縫うように近づき、素早く男性の手を払いのけてあげた。
「やめた方がいいですよ」
いいことをした、と思った。
「ち、ちがいます!」
「……!?」
男性は激昂し赤面している。普通のどこにでもいるようなサラリーマンが、慌てふためくのを初めて見て私は戸惑った。どうしていいか分からないでいると、次の停留所についたらしく、男は慌てふためきながら、降りる人たちの流れに乗って消えて行ってしまった。
「ありがとう、ございます」
「……えっ? あっ」
その言葉で、ようやく気が付いた。この子は、痴漢されていたのだと。
「美奈、ちょー羨ましすぎるんだけど。私も助けたいー」
「那珂なら痴漢してた男の人逃がさなかったろうね」
今日遭遇した一連の話をするが、もちろん、この時、私に霊感があることは伝えない。あくまで痴漢を見つけて、助けて遅刻したという話をしただけだ。すると、友達の那珂に、案の定、羨ましがられ、もらった名刺を奪われ写真を撮られてしまった。私は不貞腐れ、注文したコーラをグッと飲む。放課後に飲むファーストフード店のこのコーラが一番美味しい。
「SNSにあげたりしないでね」
「分かってますって。でも、いいなぁ、今勢いのあるMyTuberの1人だよぉー」
「そうなんだ」
「私もついて行きたーい」
「それはまた話違ってくるから」
「はぁい」
那珂は残念そうに名刺を返してきた。私は改めて名刺を見つめる。名刺には、
『オカルト系MyTuber 土屋鳳翔(つっちー)』
と書かれていて、それに加えて、電話番号、SNSアカウント、メールアドレスが記載されている。
「ほら見て~。最近、100万人突破したんだから」
那珂が見せてきたのは、1週間前に投稿されたライブ配信動画だった。この時から、幽霊が憑いている姿が伺える。私はすぐに眉を顰め、あまり画面を見ないようにした。
「凄いね(幽霊の数が)」
「でしょ。オカルト系なのに、本人が可愛くって怖くないし、何より心霊体験しようと色々頑張ってるのに、全部失敗しちゃって結局オカルト要素ほぼないのがうけるんだよね。つっちーの影響でオカルトブームまたきてるんだよ」
「へぇ~。影響力凄いんだ」
オカルト要素皆無なのに、そんなに幽霊が憑いていて無自覚無症状というのは皮肉なものだ。
「たまにコメント欄でも霊が憑いてるから除霊したらいいってコメントきてたりするんだけど本人気にしてないみたい」
「ふぅん。やっぱり視聴者はオカルト好きな人が多い感じ?」
「んー。半々じゃないかな。私は幽霊とか胡散臭いし信じてないけど、つっちーは面白いからよく見てる」
胡散臭いか。そりゃそうなるか。
「なるほどね。でもさ、動画撮影してたら、例えば動画中に変な声とか、ラップ音みたいなの入ったりしないの? そういうの視聴者だって分かるじゃん」
「それが全くでさ、ファンがみんな探すんだけど、全然なくて――珍しいよね。事故物件に住んでるのにだよ?」
「確かに変だね」
よく夏の夜にテレビでやっている心霊番組などではそういう特集がよくあるが、全くないというのは本当に珍しい気がした。
その後も、くだらない話と美味しいハンバーガーを食べながら幸せな一時を過ごしていると、携帯に通知が入った。朝に会った土屋鳳翔ことつっちーからだった。ご丁寧に自分の顔をアイコンにしている。可愛い。アイドル事務所にでも入ればいいのに。
《ご都合いつ頃がいいでしょうか?》
あぁ、返信しなくてはいけないんだろうか。