俺はまだこの場所に居る。
差をつけられているなんて言われなくても分かる。
4年前、俺は走れなくなった。
怪我だった。
「もう陸上は出来ません」
夢を見ているんだと思った。
そう思っていたかった。

息抜きに、と母親に連れられた陸上競技場は今の俺にとっては苦でしかなかったが、久しぶりに立った陸上競技場のスタート地点、そこから見える景色はあの時と変わらなかった。
変わってしまったのは俺の方だ。
陸上から逃げたのは俺の方だ。

「また陸上が出来ます」
そう医師に告げられたのは1年前の事で、要は俺の足が完治したからまた陸上が出来る、という事らしい。
俺は陸上をやらなかった。
ただただ、陸上が怖かった。
俺から陸上を奪ったのは陸上だ。

何年経ってもそのままだ。
また陸上が出来る、そう言われた時陸上から逃げた俺にまた陸上をやる権利などない。
これはただのエゴだ。
使い込まれたスパイクをしまい込んで、足首に巻かれた黄色のミサンガを切った。
俺は陸上から距離を置いた。

そんなある日、陸上部のグループLINEにすごい量のメッセージが送信された。
陸上は辞めたが、こいつらとの繋がりは切るに切れず、ここはずっと残ったままだ。
約50件のメッセージはほとんどが俺を含めた陸上部全員の画像で、残りは走っている姿が収められた動画や俺への激励のメッセージ。
そして、全ての画像と動画には部の横断幕が映っている。
画像を1枚1枚見ていると、気付けば俺は泣いていた。
スマホを投げ出して、階段を降りて、玄関を開ける。
がむしゃらに走り続けて、俺は部室に着いた。
部室のドアを開けると見慣れたあいつらが居た。
「待ってたぞ」
「お前が1番大事にしてたもんな、あの横断幕」
「立てるか?」
「行くぞ!」
仲間に手を引かれ、陸上部全員で走る。
久々に走ったら汗かいたわ、なんて強がればあいつらはぶっきらぼうにハンカチを投げてくる。
そして声を合わせて
「おかえり」
と言う。
優しく見守る横断幕には
「リスタート〜何度だって立ち上がれ〜」
と書かれていた。