ウンて言って、小宮山

私のことはあんなにイヤがってたくせに、加瀬くんは私と同じかそれ以上の勢いで、引き気味の『小宮山さん』をグイグイおしまくってた。
見たこともないような甘ったるい顔と切なげな声で、気持ち丸ごと隠しもせずに。

なんだ、あれーーー信じられない。

片想いのくせにまるで恋人同士かのような近さでベッタリと彼女に身体をよせ、耳元でアレコレと何事かをささやきまくる加瀬くん。完全に腰が引けちゃってる彼女の身体はナナメに傾いてしまっている。

ーーーイヤがられてんじゃん。何やってんの・・

かつての初恋の彼は、こうして見るとなんだかとてつもなく、みっともない男のように思えた。

あんなヤツを、私、ホントに好きだった・・?
そのうちアレコレ言うだけじゃ足りなくなってきたのか、ついに加瀬くんが小宮山さんの手をとってぎゅうっと握りしめた。
必死で彼女をみつめる彼の横顔がチラリと私の視界に映り込む。

「!!!」

瞬間、私は唐突に息ができなくなった。
うまく吸えない。吐けない。胸が苦しい。

彼のすぐ後ろで聞き耳を立ててる在りし日の天敵(私)にも気づかず、一心不乱に彼女をみつめる不用心な彼は、ただただ、全力で恋をしている男の子の顔をしていた。

こんな加瀬くんは知らない。
一度だって見たことがない。

ショックで本当に息が止まってしまいそうだった。
チョコ突き返されてふられた時だって、こんなに辛くはなかったのだ。

『なあ、コッチ見てよ』

切なく響く加瀬くんの声が、あの頃の自分と重なった。
だって私も、ずうっと思ってたから。
コッチ見て、って。
で、気がついたらジュースをひっくり返していたのだ。ばっさりと。

ああ、スッキリした。
すんごい気持ちいい。

カップ丸々全部のオレンジジュースをブチまける爽快感といったら、チョット言葉にならない程だった。
いけないことだって、ちゃんとわかってんだけど。

加瀬くんのマヌケな顔に笑いがこみあげてくる。
「あースカッとした。じゃあね、加瀬くん。今度こそバイバイ」
加瀬くんに一言声をかけてから、私はその場を立ち去った。

サヨナラ、加瀬くん。
彼女と一緒にこのピンチを切り抜けられたら、その恋、実るかもしれないね。

「さ、行こ。おまたせ」
ドン引きの弟を連れて映画館を後にした。

たぶん。

これでもうホントに吹っ切れる。きっと忘れられる。
私の長い片想いはようやくこの日、完全に幕を下ろしたのだった。



少し前、オレにはじめて彼女ができた。

隣のクラスの女の子、莉緒ちゃん。
突然告白されて、カワイイし、いいかなあと思ってつきあうことにしたんだけどーーー
木枯らし舞う、ある寒ーい冬の日。

今日は彼女に誘われて、ゲーセンにプリクラ撮りにきてる。
ゲーセンの中をすいすい歩いてく莉緒ちゃんは、イッパイある機械の中から迷わずひとつを選び、オレをひっぱってその中に入っていった。
やり方なんて知らないから「選んでいい?」って言う莉緒ちゃんに全部任せて、言われるがままに写真を撮った。

できあがったシールに印刷された妙に顔の整った気持ち悪いオレ。
と、可愛らしさが割増した笑顔全開の莉緒ちゃん。
ぎこちなくひきつってるオレとは違って莉緒ちゃんは堂々たるものだった。さすがに女子は慣れてんなあ、すげえ、って思った。

その後も莉緒ちゃんは次々と機械をハシゴしてプリクラを撮りまくった。
オレも半分もらったけれど、正直これをどうしたらいいのかオレにはよくわからない。女子は一体コレを何に使うのか・・謎だ。
せっかく来たからちょっと遊んで帰ることにしたオレら。
商店街の入り口にあるこのゲーセンには、ウチの生徒がたくさん来る。
莉緒ちゃんの友達もたっくさん来る。

んで誰かに会う度に、オレは「彼氏なの!」って莉緒ちゃんの知り合いに紹介された。そしたら向こうも「バスケ部の加瀬くんじゃん!」って、わあって盛り上がってヨイショしてくれる。が、もちろんそれは社交辞令。
それがわかってるからオレはこういうのがすげー恥ずかしいんだけど、それでも莉緒ちゃんが嬉しそうにしてるからけして悪い気はしなかった。

実はオレ、バスケ部のエースだったりするのだ。
オレの取り柄といったらこれだけなんだけど、エースってのはやっぱそれなりに価値があるようで、一目置かれてまあまあモテた。少なくとも兄ちゃんよりは。

ただオレ、顔は普通。
イケメンでもなんでもないオレがモテるのは、ひとえに『バスケ部のエース』っていうハクのおかげだった。

莉緒ちゃんはニコニコと可愛らしくて、明るくて人当たりもいい。
すげーいい子とつきあえてシアワセだなあって思ってた。
だけど、一緒にいるうちになんとなく気づきはじめる。

莉緒ちゃんは、見栄っ張り。
顔の広い莉緒ちゃんはオレを連れてあちこちに顔を出すのが好き。
男女織り交ぜて大勢で遊ぶのも大好き。
部活が休みの日や、部活が終わった後にも、彼女に連れられて随分いろんなとこに顔を出した。別に遊ぶのはキライじゃないし、それはそれで楽しかったのだ。最初は。

だけどもう、薄々わかる。
莉緒ちゃんはオレが好きってよか、オレを連れて歩くのが好き。
それでも莉緒ちゃんが本当にオレのことを自慢に思って、喜んでくれてるならまだよかったんだけどーーー

『バスケ部のエース』って部分を込みにしても、オレはおそらく莉緒ちゃんにとっては『妥協』だ。

莉緒ちゃんはオレの目から見れば十分に可愛い。
だけど、すんごい美人やすんごいイケメンがゴロゴロしてる莉緒ちゃんの交友関係の中ではきっと彼女は地味なほう。
莉緒ちゃんを見てたらわかる。ほんとはオレみたいのじゃなくて、もっとちゃんとした本物のイケメンを連れて歩きたいハズだ。
だけど莉緒ちゃんは、残念ながらそのレベルにまでは手が届かない。

だから、オレ。

オレは『バスケ部のエース』だから、ギリギリ彼女に選ばれてる。

それに気がついた時、オレは実にハッキリとした不安に襲われた。
来年引退してオレが『バスケ部の加瀬くん』じゃなくなっても、莉緒ちゃんはオレのことを好きでいてくれるだろうか、と。
そんなある日曜日、オレと莉緒ちゃんはふたりで坂川へ遊びにでかけた。
久しぶりにふたりでデート。

待ち合わせ場所に現れた莉緒ちゃんは、学校での雰囲気とはガラリと変わって、服装から髪型までものすごくオシャレで気合が入ってた。たぶん少し化粧もしてる。顔のパーツがいつもよりちょっとずつ違うから。
莉緒ちゃんて子は自分磨きを怠らない。頭のてっぺんから爪先まで気を抜かずムチャクチャ頑張る。そーゆうのがサッパリわからないオレにも、莉緒ちゃんに全く手抜きがないってことだけはハッキリとわかった。

一方、オレはごく適当で、いたってフツー。
たぶん、すっげえダサいわけでも、すっげえオシャレなわけでもなく、ただ普通。

実は私服ででかけるのは今日が初めてだった。
待ち合わせ場所で顔を合わせた瞬間に、オレの上から下まで、莉緒ちゃんがサーッと視線を走らせたのがわかった。そしてほんのわずかにだけど、彼女の眉間にシワがよる。
それ見て、やべえな、マズかったかなって思った。
だけど、すぐにいつも通りの莉緒ちゃんに戻ってニコニコと笑ってくれるから、オレはホッとしてすぐにそれを忘れてしまったのだ。
「莉緒ちゃん、手、つないでもいい?」
勇気を出して聞いてみる。
「いいよ。ハイ」
って差し出された小さな手をドキドキしながらそおっと握った。

うわー、オレ、初めて。
女の子の手に触ったの。

フワフワと浮かれて歩いていると、莉緒ちゃんが前方に知り合いを発見。
どこ歩いててもたいてい知り合いに出会う莉緒ちゃん。
前からやってきたカップルは、すんげえ美少女とすんげえイケメンの組み合わせだった。美少女のほうが中学時代の同級生らしい。
ここでもオレはやっぱり『バスケ部のエース加瀬くん』として紹介されたんだけどーーー

「莉緒んとこの高校ってバスケ強いの?」
「うん。結構強豪なんだよ」

って嬉しそうに話す莉緒ちゃん。
だけど、美少女は『バスケ部』にも『エース』にも全く反応しない。
興味なさげに「へー」の一言で終了。
そしてやっぱりこの美少女も、莉緒ちゃんと同じようにジロジロとオレへ視線を走らせる。一通り眺めまわすと気が済んだのか、美少女はふいっとオレに興味を失った。
そして場の話題はすぐに、美少女のツレのイケメンへと切り替わる。