加瀬くんは私を抱えたまま、しばらくうーんって唸ってた。
だけどついに。
「オレはヤだけど。でも、小宮山がどーしてもってゆーなら、仕方ないから友達でいる・・」
って、私の肩におデコをのっけてガックリとうなだれたのだった。
「あ、ありがとう・・!!」
嬉しすぎてほとんと叫んじゃってる私と、ドンヨリ落ち込む加瀬くん。
ああよかった。
多少強引ではあったけれども、それでも私たち、なんとか『お友達』のままでいられそう。
んだけどホッと一息ついてから、私はやっと気がついたのだ。
『友達』としては有り得ない、私たちの距離の近さに。
「はあ。イイ気持ち・・」
私の肩の上でうっとりと顔をゆるませていた加瀬くんが、私を抱く腕にぎゅうっと力を込める。すりすりと首筋に顔を埋められて、背筋に震えが走った。
「あああ、いっ、いやっ・・!!」
って慌てて加瀬くんの胸を押せば、ガーンってショック受けた加瀬くんがションボリと下を向く。
「そっかイヤか・・やっぱイヤなのか・・」
「ち、違った。イヤじゃなくてーーーダメ!!」
「・・ダメ??」
チラリと上目に私の様子を窺う加瀬くんにうんうんと頷いて見せる。
「だってこーゆうのは友達の域超えてる!!」
そしたら加瀬くんは何も言わずに私を解放してくれた。
「わかったよ。オレら友達だもんね」って。
「なあ、オレのこと友達としてなら好きでいてくれる?」
「ウン、もちろん! 友達でいたい」
首をブンブン上下にふって訴えると、「あっそう・・」って加瀬くんが深ーいため息をついた。
「わかったよ。んじゃ友達でいる。そのかわりオレのこと避けんなよ?」
「避けないよ」
「ーーーじゃあ、条件出す!」
ヤケクソで空を仰いで何事か考えていた加瀬くんが口を開いた。
「オレが誘ったら、断っちゃダメ。絶対にウンて言ってオレにつきあえ。オレのこと避けねえって約束できるなら、この条件のんでよ」
「ウン、わかった。いーよ」
「え!!」
自分から言い出したくせに、加瀬くんは俄かには信じられないって顔をして固まった。
「い、いいのかよ!? 嘘だろ・・」
呆然とつぶやいた加瀬くんがハッとなってもう一度空を仰ぐ。
「んじゃ、せっかくだからそれとーーー」
「他に男作らないで。仲良くする男はオレだけにして。・・それもいい?」
「ウン、それもわかった」
あっさり承諾する私に加瀬くんが目を見張る。
「いーの!? マジで!?」
「ウン。別に大丈夫」
「じゃ、じゃあ、オレのこと誰よりも一番大事にして・・?」
「ウン、そーする・・」
「え・・ええっっ・・!?」
友達でいる条件として、友達の枠から外れたことを色々約束させられるけれど、そんなのは全然構わなかった。だって守れるから。
「なあ、これ・・彼氏とどー違うの?」
「違うじゃん、全然」
「どこが!?」
って言われて、私も困惑した。
だって好きなんだもん。気持ち的には彼氏となんにも変わらない。
だけどそうは言えないから、無理矢理『彼氏との違い』をひっぱり出す。
「友達と彼氏の違いかーーーえーっと・・あ、そっか。わかった。触っちゃダメなとこ!! ここんとこが彼氏とは全然違うよね?」
「!!!」
この時、加瀬くんがすごーく複雑な顔をしていたらしいことに、私は全く気づいていなかったのである。
南坂川駅の改札をくぐると、尚と翔太がホームの定位置でオレを待ち構えていた。
「なあ、映画どうだった?」
「小宮山に告った??」
期待で目をキラキラさせた男ふたりがオレをみつめる。
「好きって言うつもりだったけど、ダメだった」
「なにそれ、どーゆうこと??」
「小宮山に止められたんだよ。言わないでって」
「・・・」
「んで友達でいてくれって言われた」
「ふ、ふーん」
「そっかあ・・」
ふたりの表情から一瞬でキラキラが消えた。ヤツらの顔には、もうオレへの同情と痛々しさしかない。
「まあでもこれで諦めがつくじゃん? よかったじゃねーか」
「ヨシ、じゃあ今日学校終わったらどっか遊び行く!?」
カラオケ行こうぜ!って盛り上がるふたりに水をさすようで悪いけど、
「オレ、パス。今日は小宮山と帰りたい」
って言ったら、ふたりが同時に首を捻った。
「小宮山??」
「なんで??」
「だって俺ら友達だし。一緒に帰ったっていーだろ、別に」
「オマエ、まさか諦めてねえの!?」
もちろん諦めてない。
「だってさ、もうちょっと頑張ったら手に入りそうな気がすんだよ」
ボソボソそう言うと、ふたりが揃って目を剥いた。
「おまえはどんだけバカなの!? どう解釈したってNOだろ?」
ふたりとも、ストーカーを見るような目つきでオレを見る。
・・キモイんだろな、オレ。
だって言葉じゃうまく伝えられない。
字ヅラだけを追えば、たしかに内容は絶望的。小宮山の返事は間違いなくNOなのだ。
だけど、ナマ身の小宮山から受ける印象は全然違っててーーー
「ホントにそんな気がすんだよ・・ぶっちゃけもう半分くらい手に入ってんじゃねえかって気すらする」
「ねえ・・アタマ大丈夫??」
不安そうな顔した尚がすかさずつっこんでくる。
「んじゃその手に入ってねえ残り半分ってのは何?」
「触るなって言われたからそのあたりが残り半分かな・・」
って言ったら、ふたりがスゲー勢いで青ざめた。
「オマエ、小宮山になんかしたの!?」
「・・ちょこっとだけ・・いや、結構あちこち触った・・」
「バ、バカヤロウ! 怖すぎて聞いてらんねえよ!! んで触るなって言われたわけ!?」
「たぶん」
尚、翔太、絶句。
「でもさあ、アイツそんなに嫌がってるようには見えなかっ・・「オマエはバカなの!?」
心配性の尚の顔色は、すでにほとんどない。
一喝も二喝もしてオレを厳しく𠮟りつける。
「小宮山がなんて言ったかもっかいよーく思い出せ! オマエとは友達がよくて、しかも触られたくねえって言われたんだろ?」
「ウン」
「んじゃ、触っちゃダメだろーが。『嫌がってなさそう』なんてのはオマエの主観だ。判断を誤るな」
黙って聞いてた翔太も尚の言葉にウンウンと頷いた。
「もしかしたら生理的に受けつけねえってヤツかもだぞ? 田口のやつそれで山下さんにフラれたんだって。女子が言ってた」
「ええっ、嘘だろ、田口フラれたの!?」
山下さんと田口。
同じ委員会のふたりは、傍目にはスゲー仲が良さそうに見えていたのだ。だから「あのふたり、そのうちつきあい出すぜ」ってのが、大方の男子による見解だった。
それがまさか。
男の目には、田口の何がダメだったのか、正直まったくわからない。
「なあ、生理的にダメでも仲良くはできるわけ・・?」
オレのつぶやきに翔太が頷く。
「そーなんじゃねえの? だって山下さん、田口本人には『これからもいい友達でいよう』って言ったんだってよ。まんま律と同じじゃねえ?」
「ーーーホントだ、オレと同じ」
って思った途端、オレはモーレツな不安に襲われた。
もしかしてオレもそうなの? 『生理的に受けつけない男』なの??
オレは冷や汗をかきながら慌ててあの時の小宮山の様子を思い出してみたのだ。
結構長い時間、オレの腕の中にいた小宮山。
ただし嫌がられた記憶なんてまるでない。むしろ当たり前みたいにオレの腕の中におさまっていた彼女。
今までだってそう。新学期早々のチョコの件を除いて、オレは小宮山にイヤな顔されたことなんてひとっつもないのだ。思い出せる限りただの一度もない。
だから『大丈夫』って思ってた。許してもらえてるって。
だけど。
よくよく思い出してみれば、坂川でのアレは小宮山本人の意思じゃない。オレが抱きしめて動けなくしてたから。
んでオレはハッと思い出したのだ。
小宮山を抱きしめて彼女の首筋にオレが顔を埋めた時、彼女に『イヤっ』て胸を押されて逃げ出されてしまったことを。
「!!!」
手え握ったり、ちょこっと顔よせたりするくらいならセーフでも、あんなふうにガッツリ抱きしめたりするのは、もしかしたら彼女の生理的許容の限界を越えていたのかもしれない。
ーーーいやこれ、マジで有り得るわ。
ああ、寒い。なんだか血の気がひいていく。
「どしたの律。顔色スゲー悪いけど??」
「べべべ、別に」
急に自分が犯罪者かなにかのように思えてきて怖くなる。
「オ、オレーーーやっぱ田口と同じかもしんない・・」
「だからさっきからそー言ってんだろが」
「しばらく大人しくしとけ。んでもう小宮山になんもすんな」
「お、おう・・」
この『生理的に受けつけない男疑惑』は、オレのココロに大きな大きな影を落とした。
***
週明け。月曜の朝。
教室の入り口から顔をのぞかせると、目敏くこちらに気がついた冨永くんが教室の奥からブンブンと勢いよく手をふってくる。
「小宮山あ、オハヨ!!」
彼に手をふりかえしつつ席へ向かうと、「まあ座れよ」なんて言ってわざわざ椅子まで引いてくれる。
すんごいサービス。一体どうしたって思ったら、彼の目的は例の映画の事情聴取だった。
「映画どうだった? もう行ってきたんだろ?」
「ウン。おもしろかったよ。チケット、ありがとね」
「いーのいーの。どーせオレは観ねえもん。それよかさあ・・」
冨永くんは周囲を気遣ってか、いつも元気な声をちょっとだけひそめた。
「加瀬に好きって言われた??」
「えええ、なんで・・!?」
「だってアイツ、いきなりお友達するのやめちゃったじゃん。それってつまりは、そーゆうことなんだろ? なあ、どーだった!?」
顔が広くて情報通で、噂話なんかも大好きな冨永くんにはこーゆうミーハーなところがある。
ワクワクと期待で顔を輝かせる冨永くんには悪いけど、最終的な事実だけをつまんで伝えておくことにした。
「なんにも言われてないよ」
「なんだよ、つまんねーな!」
「なあ、加瀬のことちょっとは好きなの??」
「ええっと・・」
言葉に詰まる私に、冨永くんが苦笑いを浮かべる。
「好きじゃねえかあ、やっぱり。小宮山、相変わらずだもんなあ・・」
なんにも言えない私に冨永くんが言う。
もうはっきり断ってやれば、って。
あれじゃあ加瀬が可哀想だぞ、って。