「なあ、ずっとオレといて?」
「ウン。ずーっとこのまま一緒にいたい・・」
どちらからともなく優しいキスがひとつ、ふたつと重なっていく。
だけどそれがだんだん止まんなくなってきて、ついに加瀬くんがベリッと身体をひっぺがして距離をとった。
「あークソ、これ以上したらガマンできなくなる! やっぱ出産終わるまではダメだよなあ・・」
「ーーーえーっと。そうでもないみたい」
「エ・・まさかできんの!?」
実はできるらしい、ってのをこの間の診察ではじめて知ったのだ。
いくつか注意点もあるけれど、ムチャしなきゃ大丈夫だって。
***
「なんだよそれ、早く言えよ!! 小宮山、体調は!?」
「ダイジョーブ」
「じゃあ・・」
オレは恐る恐る小宮山に手を伸ばした。
久しぶりだった。
ずっとダメだと思ってたし、考えなきゃいけないことも、やんなきゃいけないことも山ほどあって、ムチャクチャ忙しかったから。
「なんかスゲー背徳感・・いいのかな、オレ・・」
だけど、はじめちゃったらやめらんなくて、オレは久しぶりの快楽にズブズブと溺れていった。
んで、その最中にーーー
「すみれサン、かあ・・」
つい、ポロッとこぼれた。
親や圭太が小宮山のことをこんな風に呼んでたのを思い出して。
小宮山んちではオレもそう呼んだが、「ムズ痒い!」つって小宮山には不評だった。
「んでもさ、そのうちオマエも『加瀬』になんだぞ? そしたらもう『小宮山』って呼べなくなる」
「あ、ホントだ」
入籍しちゃったら、小宮山だってオレのこと『加瀬くん』とは呼べなくなるのだ。
「んじゃ、今から『すみれ』と『律』に呼び方変えよーぜ」
「ウン」
「んじゃ、すみれ」
「ふふ、なに?」
「好きだ」
それからオレは、すみれすみれって囁きながら、大事に大事に彼女を抱いた。
「ぜえっったい、オレがオマエを幸せにしてやるよ。辛かったぶんは、オレと一緒に取り返そーぜ」
小宮山、いや、すみれが笑う。
「もうとっくに幸せだよ、アリガト」って。
これといって夢も野望もない。
派手なドラマも事件もない。
オレはごくフツーの人生を、ごくフツーに生きてる。
たいしたことはできないし、オレが守ってやれるのは、せいぜい彼女とおなかの中の子供くらい。
だけど、オレにとってはそれが・・
「律」
ふいにそう呼ばれて、胸が震えた。
ちょっとかすれた小さな声で、すみれの口から初めて紡がれたオレの名前。
胸が震えるのは、オレがすみれを愛してるから。
「泣いてるの?」
すみれの指がオレの目元を滑る。
「どしたの? 大丈夫?」
「大丈夫」
間違いないって思った。
オレが何のために、何を求めて生きるのか。
「シアワセだなって思ってただけ」
完
加瀬律くん。
私の好きだった男の子。
その人が今、私の目の前で頭からジュースをかぶってズブ濡れになっている。
・・私がやったんだけど。
加瀬くんの隣には私の知らない女の子がいて、彼女は目をまん丸く見開いて加瀬くんを見ている。だけどそのうち彼女の視線が私の方へと上向いてきて、ほんの一瞬だけ、かちりと互いの視線がぶつかった。
この子、私のことどんなふうに思ってるかな。
元カノかなにかだって・・思ってるかなあ。
中学時代、私は加瀬くんのことが大好きだった。
理由もきっかけも特にない。とにかく、ただ好きだった。
仲良くなりたくて一生懸命距離を詰めてみたけれど、私が距離を詰めようとすればするほど、加瀬くんは私から離れていった。
どうも加瀬くんはグイグイこられるのがニガテらしい。
気持ちのままおしまくりたい私とは、その点で相性がものすごく悪かったと言える。
だけどポジティブだけが取り柄の私は、加瀬くんがそんな風でも彼のことを諦めようなんてちっとも思わず、日々、ことあるごとに彼に絡んでは頑張っていた。
ある日、たまたま遊びにきていた坂川で加瀬くんに遭遇した時は。
その偶然に運命を感じて、私はすぐに彼をお茶に誘った。
「加瀬くん、一緒に甘いモノ食べ行かない?」
「オレ、甘いの好きじゃない」
「じゃあ、唐揚げ」
「今、ハラへってないんだ」
とか言いながら、おなかを『ぐう』と鳴らせて気マズそうに目を逸らす加瀬くん。
「ゴメン、急いでるから!」
加瀬くんはびゅんと人ごみに消えた。
社会の授業のグループワークでは。
「今日はニ人一組みで」って先生が言うから、喜々として加瀬くんを誘いに行く。
「加瀬くん、一緒にペア組んでくれない?」
「あ、オレもう翔太と組んでんだ。ゴメンね」
すでに桜井くんと並んで座ってる渡辺くんの隣にムリヤリ座りに行って、3人でケンカをはじめる。結局私ははじきだされた桜井くんとペアを組んだ。
週末には野球部の練習試合を見に行ったりもした。
「おーい、加瀬くん!」
「げ。森口さん! 何しにきたの!?」
「応援と差し入れ」
コレよかったらって私が差し出しす紙袋を見て、加瀬くんが首をブンブン横にふる。
「恥ずかしいからいい!」
ってダッシュで逃げられる。
本当は。
私の片想いが不毛だってコトには、もう随分前から気づいてた。
だけど『もしかしたらいつか・・』っていう期待をどうしても捨てられない。
中3のバレンタイン。
私は気合いを入れて、加瀬くんのために生まれて初めてチョコを手作りした。
進む高校は別々。きっとこれが最後のバレンタインになる。
バレンタイン当日、逃げ回る加瀬くんをどーにかつかまえて、チョコを差し出した。
映画のチケットをそえて。
「加瀬くん、一回だけでいいから一緒に映画に行ってよ。もう彼女にしてなんて言わないからさ」
チケットをじーって見てた加瀬くんが、チョコと一緒に申し訳無さそうにそれを返してくる。
「オレ、映画って観ないんだよね。んでまたラブコメとか全然興味ない。ゴメンね」
「そ、そっか」
「それからさーーー」
ついにこの日、私は加瀬くんに引導を渡されてしまう。
「気持ちは嬉しいんだけど、もうコレで終わりにしてくれる?」
言いにくそうに。だけどキッパリと彼が言う。
「・・・」
さすがの私も何も言えなくなった。やっぱショックで。
ダメなのか。
私の気持ちは届かないのか・・