「ホントにホントに、ありがとう・・」
感謝の気持をヤマほど込めてキスした。
全部伝わればいいなって思いながら。
「ゴメンね。こんなのでゴホービになる?」
「あったりまえだろ。でもチョット足りない」
そこで大人しくしてた加瀬くんと交代。
今度は加瀬くんが、胸の奥が痺れるような甘くて優しいキスをくれた。
「小宮山もコイツも、オレが幸せにしたいんだ、絶対に。最近思うんだよね。これってもう、アイシテルってやつじゃねーかって・・」
ポロッとそんなふうにこぼしちゃった後で、加瀬くんはもう一度慌てて私の唇を塞いだ。
言ってみたはいいが、存外恥ずかしかったーーーみたいな。そんなかんじ。
有言即実行の加瀬くんはものすごい力技で、おなかの赤ちゃんを守ってくれた。
加瀬くんが繋いでくれた命だから、大切に守り育てなきゃって胸に誓う。
だけどもここで私は重大なことに気がついた。
大変なことを忘れていたのだ。
「加瀬くん、そーいえばまだ親になんも言ってない・・!」
「あーハイハイ。それね。小宮山の都合がよけりゃ来週帰ろーぜ。挨拶しに」
きゅっと顔を引き締めて、加瀬くんが私を見る。
「行けそう?」
「大丈夫。土日どっちも空いてる」
だけどーーー
「あ、あのさ、ウチの親なんて言うかわかんない・・」
加瀬くんが気まずそうに苦笑いする。
「やっぱり? 反対されるかな?」
「たぶん・・」
「まあ、簡単にはいかないかもなあ」
加瀬くんがぎゅっと私を抱きしめた。
「でもとにかく行くしかねえ」って。
小野先生の都合もあって、来週土曜日の午前中、まずは加瀬家へ挨拶しに行くことが決まった。その後、ウチの両親の都合がよければ午後は小宮山家へ。
「加瀬くん、おうちの人なんて言ってた?」
「孫が楽しみだって」
「マ、マゴがたのしみ!?」
あっけらかんと笑う加瀬くんも、ご家族の反応も、私からしたらとてもじゃないけど信じられない。
「何にも言われなかったの?」
「ウン。別に」
「な・・なんで!?」
「だって、オレの人生じゃん。あ、でも小宮山には申し訳ないことしたってすげー言ってて、そこだけはメチャクチャ怒られた。今度会ったら全力でお詫びいたしますって。・・ゴメンね、妊娠させて」
「や、それはもういい」
「小宮山んちでどんだけ反対されても、オレ絶対に小宮山と結婚する。妊娠のことも、大学中退させることもちゃんとお詫びして、結婚させてもらえるようにお願いするから」
加瀬くんの言葉にハッと我に返った。
そうか、ビビってる場合じゃない。
私、お母さんになるんだったーーー
南坂川駅にはすでに小野先生がいて、私たちをみつけると大きく手をふって迎えてくれた。
「小宮山、久しぶりだなあ」
「先生、今日はアリガトウゴザイマス」
小野先生の車に乗せてもらって加瀬家へと向かう。
その車の中では、終始どーでもいい気楽な話に花が咲いていた。
「オマエらホントに仲良いね。なあ、どっちが先に好きって言ったんだよ?」
「それはさ・・」
って口を開きかける加瀬くんを先生が強引に制止した。
「まてまて、オレが当てる!」
で、チョットだけ「うーん」て首を捻ってから・・
「やっぱ加瀬だろ? なあ、アタリ?」
「アタリ。だってオレが好きって言わねーと進まなかったもんね。んでも小宮山だってオレのこと好きだったんだぜ?」
「な?」って加瀬くんが私のほうをふりむく。
「ウ、ウン」
「なのに小宮山がワガママ言ってなかなかつきあうって言わねーからオレ大変だったんだよ」
「嘘つけ。ワガママはおまえだろ。駄々こねまくってお情けでつきあってもらえたんじゃねーの?」
「チガウわ!」
なーんて騒ぎながら。
そして車はあっという間に加瀬家へと到着。
さっきまであんなに元気にはしゃいでたのに、車を降りた先生はガチガチだった。私も負けずにガッチガチ。
唯一全くいつも通りの加瀬くんがなんの中緒もなくインターホンを鳴らし、勝手にカギを開けて「ただいまー」って中へ入ってく。
まず、だだだって凄い勢いで玄関に現れたのはハツラツと笑顔全開のお母さんだった。そしてその後ろに穏やかそうなお父さんが続く。
この時点で早くも「わあっ」ていう歓待がはじまった。お母さんとお父さんに先導されてリビングへと案内される私たち。
ホッと胸を撫でおろした私と、同じく似たような表情を浮かべてる小野先生との視線が静かに重なった。小さく頷く先生の目が『滑り出し上々』とばかりにきらりと光る。
リビングでは、すんごい大きく成長した圭太くんが私たちを待ち構えていた。
加瀬くん、先生、私と、次々挨拶してく圭太くん。
人懐っこい圭太くんは、昔のまんま。
「ねえ小宮山さん、オレのこと覚えてる??」
「ウン、覚えてるよ」
私はデッカい圭太くんに目が釘付け。私たちは思わずその場に立ち止まり、しげしげとお互いを眺め合った。
「そ、そうか・・もう高校生だもんね? てかやっぱ加瀬くんソックリ!!」
「小宮山さんは前よりオトナっぽくなってる! そんでやっぱりイイ匂い!!」
すんすんと鼻をならしてみせる圭太くんに加瀬くんが眉を吊り上げた。
「ヤメロ、バカ!」
見た目によらず、圭太くんの中身は幼ないままだった。
「わーい」ってはしゃぐ圭太くんの頭を加瀬くんがはたく。
「いてえ!」
「ウルサイんだよ、オマエは!!」
のっけから、加瀬家はなんだか凄くにぎやかだった。
ダイニングテーブルにぐるりと輪になって座った私たち。
「久しぶりねえ」とか「お世話になってます」みたいな簡単な挨拶が一通り終わって、なんとなく場が落ち着いた頃のことだった。
さっきからチラチラと周囲の様子を窺っていた小野先生が突然、「失礼いたします!」って声を張ってガバっと立ち上がったのだ。そしてきっちりと腰を折り、深々と頭を下げる。
先生はその姿勢のまま、切々とお詫びの言葉を口にしはじめた。それは、ご両親に何の相談もないまま、加瀬くんと所長さんを引き合わせたことへのお詫びだった。
話し終えてもなお、顔を上げることのできない先生にお父さんが声をかける。
「先生、どうぞお顔をおあげになって下さい」って。
恐縮しながら着席した先生はドドッと冷や汗をかいていた。
「先生ありがと」って加瀬くんが声をかけると、小野先生は神妙な顔つきで小さくコクリと頷いてみせる。
んだけど、先生の心配はあっけなく杞憂に終わった。全然大丈夫だったのだ。
なんとなくそーかなとは思ってたけど、加瀬くんのご両親は怒ってなどいなかった。むしろ丁寧にお礼を言われて先生が再びドギマギと恐縮する。
汗のひかない先生に圭太くんが声をかけた。
「先生、大丈夫だよ。ウチ、めでたいつってしばらく祭りだったんだから」って。
加瀬くんからの一報が入った夜、加瀬家は早くも家族3人で祝杯をあげたらしい。就職と結婚と初孫に乾杯。
加瀬くん抜きで加瀬くんの好きな焼肉屋に行き、散々食べて飲んだんだって圭太くんが言う。
「すんげー美味かったよ。久しぶりだったし。兄ちゃんにも食わしてやりたかったわ」
「なんでオレ抜き!? オレの祝いなのに??」
「だってあんた、いなかったんだもん」
先生の顔色が悪かったのもそこまでで、「ああ、ヨカッタ・・」って肩の力が一気に抜ける。
ところが。安堵のあまりぼおっと気が抜けてしまった小野先生の向かい側で、今度はご両親の表情がザッと強張った。「じゃ、母さんそろそろアレやろうか」ってお父さんとお母さんが頷きあう。
そして席を立ったご両親が、なんと床に正座をされてしまったのである。
「ちょっとちょっと、何してんの!?」
ギョッとした加瀬くんが腰を浮かすと、お母さんが加瀬くんに手招きをした。
「すみれさんにお詫びするからアンタもおいで」
自分の左隣の床をぺしぺしと平手で叩いてみせるお母さん。
「まさかーーー土下座する気!?」
「ケジメよ!」
ギョッとしたのは私も同じ。
同じく床に正座しようとすると、加瀬くんが慌てて私の腕をつかんでストップをかけた。
「オイまて! 冷えるじゃん。こんなのやめとけよ」
「こっ、この状況を椅子から見下ろすとかムリ!」
加瀬くんの心遣いはとってもありがたいが、のんびり椅子になんか座っていられない。彼の制止をふりきって、私はご両親の正面に正座した。
「ああ、もう!」
ご両親の側でなく私の隣に腰を下ろした加瀬くんは、あえての胡坐で土下座を拒否。
「小宮山が気い使うからフツーに座ってくんない?」
むっすーって迷惑そうに顔をしかめる加瀬くんの態度に、お母さんがブチ切れた。
「アンタのしでかしたことをお詫びしよーとしてるんでしょうが!!」
あああ、マズイ。
親子喧嘩が始まってしまう・・!
「おっ、お待ち下さい、私も同罪ですからーーー!!」
いつもの事なかれ平和主義を発動した私もその輪に乱入。
それぞれがギャーギャーと譲らず、場は大いに混乱した。
結局、「チョットもう一旦やめてよ。小宮山が冷える!!」っていう加瀬くんの一喝で、ご両親と加瀬くんによる土下座という事態はなんとか免れたのだった。
だけどやっぱり、椅子に戻られたお二人に丁寧に頭を下げられてしまう。
ウチの息子がとんでもないことを、って。
しかし。当然だが、責任は半分ずつ私たち2人にある。
なのに妊娠が発覚してから色々頑張ってくれたのは全部加瀬くんで、私はなんにもしていない。そもそもB大中退して就職するハメになった加瀬くんのほうが、私なんかよりもよっぽど被害が大きいのだ。
私のほうこそ申し訳ありませんって頭を下げたら、お母さんが身を乗り出すようにして聞いてきた。「律がワガママ言ってすみれさんを巻き込んでるんじゃないの?」って。
「私ね、本当にそれだけが心配」
「それ、オレも思ってた!」
お母さんの言葉を聞くなり、圭太くんが頷きはじめる。
「兄ちゃん小宮山さんにワガママばっかだもんね。もしかして今回もじゃねえかなって」
「はあああん!? なんじゃそりゃ!!」
私の横からずずいと割り込んできた加瀬くんが、すんごい不満顔で圭太くんに文句言い始める。
「なんでオマエにオレらのことがわかんだよ! オマエ、小宮山のこと覚えてるつっても、挨拶くらいしかしたことねーじゃねえか」
ところが。納得のいかない加瀬くんに、圭太くんが意味ありげにフフフと笑う。
「いーや、知ってる。だってウチ壁薄いんだもん。会話も物音もぜーんぶ筒抜けてたぜ?」
「オマエ・・最っ悪!」