ウンて言って、小宮山

今日は天気が良くてとても暖かかった。
診察の後、病院のすぐ隣にある公園でオレらは少し話をした。
小さな子供たちがわあわあと遊具で遊んでるのを眺めながら。

「キチンと避妊しなさいって怒られちゃった」
「避妊、してたんだけどなあ」
「こういうこともあるんだって」

「あのね、手術は日帰りでできるけど、誰か付き添ってくれる人がいたら安心って言われた。加瀬くん、それ頼める?」
「ウン。もちろん」

小宮山は落ち着いてて表情も穏やかだったけど、口数は随分と少なかった。

「大丈夫? 身体ツライの?」
「んーん。ただちょっと・・可哀想だなって」
その視線の先にはベビーカーの赤ちゃん。
「こっちの都合で殺しちゃうんだもんね。悪いコトしたなって」
そう言って小宮山がうつむく。
膝の上で握りしめてる手の甲に、ぽとりとひとつぶ涙がこぼれた。

「ねえ、オマエ産みたい?」
「まさか。ムリだよ」
「ムリかどーかは置いといてさ、小宮山の気持ちはどーなの? 赤ちゃん、ほしい?」
「そ・・・っれは・・・」

小宮山の目が揺れる。
しばらく黙ってボンヤリしてた小宮山がバッグから写真のようなものを取り出した。モヤモヤした背景の中に、ポツリと豆みたいな丸いものが写ってる。

「コレってもしかして・・」
「うん。赤ちゃん」

初めて見るおなかの中の写真。

「もう、心臓動いてるって・・」
「え・・」

小宮山がハナをすする。
ついでにゴシゴシと涙もぬぐう。

「ゴメン。これも妊娠のせいだから気にしないで。情緒不安定になるみたい。もう、帰ろ?」

家に帰ったら、小宮山は中絶の準備にとりかかった。
金をどうするか。バイトの休みいつならとれるか。
手術についてもアレコレ調べ始める。

「よかった。保険きかないから親にバレないかも・・」

それからーーー

「これ、同意書」
小宮山がA4の紙を取り出してオレに見せる。
「名前書いてもらっていい?」
「ウン」
「印鑑、今持ってないよね? 加瀬くんに預けとくから手術の日に持ってきて?」
そんなかんじでしばらくがんばってたけど、小宮山はまた眠くなった。
「ゴメン、ちょっとだけ寝ていい?」
「いーよ。寝とけよ」
小宮山がベッドに横になる。んでまた、秒で爆睡。スゲー寝る。
なるべく静かに、オレも小宮山の隣に潜り込んだ。
眠くないからなんとなく小宮山の顔を眺める。

んで、気がついた。
オレら、ふたりじゃない。もう、3人だ。

妊娠して急に身体が変わっちゃった小宮山。
それに、おなかの中のオレの子供。
こんなの失礼かもしれないけど、なんだかどっちもすごく弱くて、頼りない存在のように思えた。

だってコイツなんか・・小宮山のまだペタンコのおなかにそーっと手を当ててみる。
もう少ししたらオレらに殺される。父親と母親に。

コイツ、オレに会いたいかな?
オレはコイツの顔、見てみたい。

「・・・」

すーすー眠り続ける小宮山にちょこっとだけキスする。
おなかの中の子供ごと彼女のこと守ってやれねえかな、って思いながら。



そーっと身体をおこす小宮山の気配に気がついてぱちりと目をあけると、部屋の中はもう随分薄暗くなっていた。

「あ、ゴメン。おこしちゃった?」
「ーーーオレ寝てた!?」
「うん。すんごいよく寝てた」

ゆるーく笑った小宮山が、オレの寝癖を直そうとしてアタマをなでる。
オレのこと、大好きって顔して。

手櫛のセットがうまくいったのか、満足そうに頷いてベッドをおりようとする彼女を、オレは後ろからつかまえたのだ。

「チョットまって」
「なに?」

「ケッコン、しない?」
「エ?」

小宮山が真顔で固まった。
小宮山は心底驚くとこんな風になる。

「結婚して。オレと」

「け・・」ってつぶやいて、小宮山は放心した。
たぶん今、頭マッシロ。なんも考えてない。
小宮山をしっかり抱え直して、目を合わせてもう一回。

「結婚して」
「なんで? 責任取ろうとかそういうハナシ・・?」
「うーん。セキニンってゆーか・・」

もちろん責任も取んなきゃいけないんだけど、そーゆうのとはちょっと違う。

「妊娠のことはいいの。責任なら私にもあるし。堕ろせばすむハナシだもん、結婚なんかしなくていいんだよ」
「じゃなくてさ・・」
「も、いいから。寝てて? ちょっとアタマ冷やしたほうがいいよ。ね?」
って小宮山にかわされて、オレはベッドにおいてけぼりをくった。
寝起きにいきなり言ったのがマズかったんだろうか。
あんまり真面目に聞いてもらえなかった。

その後すぐ小宮山を追いかけてって、オレも夕飯の準備を手伝った。
思えばオレらは、最初はクソがつくほど料理がヘタだった。
味噌汁すらまともに作れない。
マッズ!って言いながらふたりで作ったベチャベチャしたオカズを、唯一まともに炊ける飯で流し込むようにして食ってた。
だけど、2年目ともなればお互い随分マシになってきて、今じゃまともなものを結構色々作れるようになってる。
「なあ、こんだけやれれば大丈夫じゃねえ? ケッコンしても」
ネギを刻む手を止めて、小宮山がチラリとオレを見る。
「・・籍を入れたいってこと?」
「そりゃまあ、入れる。結婚だし」
「あー・・ナルホド、ナルホド。そういう責任の取り方ね?」
小宮山が笑いながら小さく頷いた。
「あのさ、別に籍なんか入れなくていんだよ。気持ちだけで十分嬉しいし」
「気持ちだけ??」
「そやって思ってくれるのが嬉しいってこと。カタチなんてどーだっていいんだから」

噛み合ってねえ。
籍がどーこーなんて最後でいい。本題はソレじゃない。

「オレさ、ちゃんと仕事探す」
「ん?」

「小宮山が子供、産めるように・・」
「コ、コドモ・・??」
小宮山がビックリしてオレを見る。

「・・え、まって。よくわかんない。バイト増やすってこと? コドモのために・・??」

「バイトじゃなくて、ちゃんと就職する」って言ったら、小宮山がまた真顔で放心した。
「あーもー。またかよ・・」
小宮山の肩をゆすって呼び戻す。
「おい、ちゃんと聞け。仕事みつかったらオレと結婚してくれる?」
「し、仕事って・・大学は・・?」
「やめる」

「やめるの!? B大を!??」
「ウン」
小宮山が頭を抱えてうずくまった。
「ゴメン。私が泣いたから・・」
「そーじゃねえよ。てか、しゃがむなよ。ハラ圧迫すんな」

心配して声をかけても、小宮山はオレの話なんか聞いちゃいない。もう、パニック。
そんなふうに一通り狼狽えて慌てまくった後、今度は小宮山、スゲー勢いで就職に反対しはじめた。オレの人生がメチャクチャになるつって。

「おーげさだな。メチャクチャになんかなんねーよ」
「なるよ、台無しじゃん・・! 子供できたからってB大中退するバカがどこにいんの!?」
小宮山はそう言うけれど、オレにはそんなふうには思えなかった。
だってどーせ2年後には就職するんだから、今でも2年後でもたいした違いはない。

「時期がちょっと早まるだけだろ?」
「慌てて職探したってロクなことないよ。加瀬くんの人生がパーになる!」
「大丈夫だって。マトモなとこちゃんと探すから・・」
「絶っっ対にダメ!」

話は完全に平行線。
オレも小宮山も互いに譲らないまま時間だけがすぎてゆく。
さすがに疲れてきて、オレらはキッチンの床に並んで座り込んでいた。

ガスコンロの下の収納扉にもたれてボーっとしてた小宮山がふいに口を開いた。
「ねえ、なんでいきなりこんなこと言い出したの?」って。
「オレさあ、コイツの顔見てみたいんだ」
そう言って小宮山のおなかに視線を落とすと、それにつられて体育座りしてる彼女も自分のおなかをじっとみつめた。
そこにはまだ豆みたいにちっちゃなオレらの子供がいる。

「別にオレ、なにがなんでもB大卒業したいとか思わねんだよ。何かトクベツ夢があるわけでもねーし。卒業したらどっか就職して、そのうち小宮山と結婚して、フツーに暮らしてくつもりだった」

じーってオレの顔みつめてる小宮山に、今オレが考えてることを丸ごと話す。うまく伝わればいいなって思いながら。

「よーく考えてみろよ、同じだから。今から就職して、結婚して、子供できて、オマエと一緒に暮らすのと、4~5年先のオレの未来予想図と、どっこも違わねえだろ? オレの人生、なんも変わらねんだよ」
「・・そう・・なのかな・・」
「そーだよ。変わんねえよ。んでどうせ同じなら、オレは今がいい。今、結婚したい」
「ウ、ウン・・」

小宮山がグラつきはじめる。
だって今じゃなきゃダメなのだ。その理由はもちろんーーー

オレは小宮山のおなかにそおっと手を置いてみた。
彼女のおなかはまだ真っ平。だけどここには確かにオレらの子供がいる。
「今オレらが動かねえと、コイツは生きられないよ? オレ、オマエのことおなかの子供ごと守ってやりたい」
オレがそう言うと、小宮山はガックリうつむいて頭を抱えた。
「ああもう、なんでそんなにオトコマエなの・・そんなふうに言われたら何が正解なんだかわかんなくなる・・」
「へへへ。なんでもいーじゃん。結婚しよーぜ?」
ポロポロ涙こぼして泣き始めた小宮山を、オレは大事に大事に抱き寄せた。

その後、小宮山はしばらくなんにもできなくなった。
オレらがメシ食ったのは、もう随分夜が更けてから。

***