ウンて言って、小宮山

小宮山が帰った後、しばらくして弟が部活から帰ってきた。

バタバタと2階へ上がってきたと思ったら、バン!て勝手にオレの部屋のドアを開けて「兄ちゃん、これ全部食っていい?」って菓子パンの大袋を見せてくる。
このやたらコドモっぽいのが、中2の弟、圭太だ。

「いーよ、食っても。オレ、いらない」
「アリガト。んじゃ全部食うね?」
だけどそう言ったまま、ドアの前から動かない。
「なんだよ、ここで食ってく?」
「いや、自分の部屋で食うけどさ・・」
って言いながら、圭太が不思議そうな顔してオレを見るのだ。
「兄ちゃんの部屋、なんかいいニオイがする・・」
「は?」
「コレって、女の子のニオイ?」

「エ!??」

動揺してギクリと身体が揺れた。
「さ、さっきまで彼女が来てたからな」
「兄ちゃん、彼女いたの!??」
「おう」
「えーーーーー!!」
圭太が派手に目を剥いた。
「知らなかった! カワイイ?? どんな人!? 写真みして!」

期待に顔を輝かせて飛び跳ねるようにして部屋に入ってきた圭太は、ベッドに腰かけた途端にまた「アレ?」って首をかしげて動きを止めた。
と思ったら、身体をひねって自分が座ってるベッドのニオイをクンクン嗅ぎはじめる。
「バ、バカ、やめろ!」
オレとソックリな色白の弟がさーっと赤面してく。
「兄ちゃん、もしかしてーーー」
「黙れ。ウルサイ!!」

すぐにつまみだしてドアを閉めた。

ああくそ、もうバレた。最悪だ。
親にチクられないように後でクギをさしておこう。

隣の部屋のドアがバタンと閉まるのを確認してから、圭太がしてたみたいにベッドのニオイを嗅いでみる。

なるほどね。
これは小宮山のシャンプーの匂い。
そのままごろりと横になって、小宮山のことを考えた。
初めて見た小宮山の服の下は、ビックリするくらいキレイだった。
あんなの見ちゃったのに。
自信だってついてきたのに。

「はーあ・・」

またしばらくできなくなると思ったらため息つかずにはいられない。
だからさっきも、ムリめな小宮山を強引に誘って「もっかい」を頼み込んだのだ。小宮山がイヤって言えなくなるのをわかってて。

ハルキのこと小狡いって思ってたけど、オレのほうがよっぽどヒドイ。
オレ、ズルイことばっかしてる。

寝返りをうったら、また、ふわりと小宮山の匂いが鼻をかすめる。

ああ、胸が苦しい。
いや、胸じゃないな。別のトコ。

今夜はマトモに寝れねーかもしれないな、なんて思いながらオレはそっと目を閉じたのだった。



それは3限が終わった後の休み時間のことだった。

加瀬くんが席についたまま、勢いよく手招きをしてくる。
なんだろうと思って彼のそばへ行ってみれば。

「コレ、ありがと」

加瀬くんが机の中に手をつっこんでそおっと取り出したのは、リボンのついたブルーの小箱だった。
「サプライズ?? 手渡しでもらえんのかなって思ってたから、さっきみつけてビビったわ」
すっごいご機嫌の加瀬くんにキラッキラした笑顔を向けられるーーー

ーーーのだが。

入れたのは私じゃない。
私のチョコはまだカバンに入ってる。

「それ、ちがう。私じゃない」
「・・・・エ!??」
加瀬くんが慌てた様子で、手元の小箱に視線を落とす。
「ならコレってーーー!?」
「誰だろーね。ヨカッタね」

機嫌が急降下した私に気づいて、加瀬くんが再びハッと顔を輝かせた。
そうだった。加瀬くんは妬かれるのが大好きだった。
「ねえそれ、ヤキモチ!? 絶っっ対ヤキモチだよな? そーだよな?」
ズケズケとそう言われて、私は思わず唇を噛みしめた。図星の指摘ってなんでこんなに腹立たしいんだろうーーー

「そーだよ。ヤキモチ! 悪い!?」
加瀬くんに非難がましい視線をぶつけつつ、それと同時に小箱のほうへは切ない視線をタラタラと注ぐ。

「ねえ・・なんでこんなのもらっちゃうの・・?」

2月14日。今日はバレンタインである。
授業が始まっても、気になるのはさっき見た青い小箱のことばかり。

一体、誰が入れたんだろう。

少なくともクラスの子なら、私たちがつきあってることは知ってるハズだ。
それを知らない別のクラスの子か、それとも学年の違う子か。
知っててあえて、って可能性だってある。

イ、イヤだ、そんなの・・

考えれば考えるほど不安が増していく。だってどのパターンに当てはまったって全部困る。
胸の中を、ぐるぐると不安が渦巻いた。

昼休みになり、打って変わってドンヨリ落ち込んでる私に加瀬くんが呆れた顔を向けてくる。
「バカだなー。大丈夫だって」
いつもならお昼は別々に食べるんだけど、今日は私たち、ふたりだけでロボコン部の部室に来ていた。

加瀬くんが例のチョコを取り出して、テーブルにことんとそれを置く。
「開けてみよーぜ、コレ」
「えっ、食べるの!?」
私の顔色を横目で窺っていた加瀬くんがニヤけて綻んだ口元にぎゅっとグーを当てがった。
「そんな顔すんなよ、ウレシクなんだろ!」

例の小箱のラッピングをよーく観察してみると、某スポーツブランドのロゴが薄く入ったデザインになっていた。包装を解いてみると、中の箱にもやっぱり同じロゴが印刷されている。

ずーっと気になってた。
このチョコ、どこかで見たことある。

どこだっけ?
どこで見たんだっけ・・・・?

「ーーーあ! わかった、コンビニだ!」

検索してみると、やっぱりそう。
「あったあった、コレと同じ!」
「ホントだ」
加瀬くんのもらったチョコは、あるスポーツブランドとコンビニとのコラボ商品だった。値段も税込みのワンコインでとってもお手頃。
スマホをのぞいてた加瀬くんが複雑そうな顔をする。
「なんか・・本気でオレを狙ってるカンジがしねーな」
「だといいけどね」

だけどわかったことといったらそれだけ。
それ以上は何も手がかりがない。
「どーしよ、コレ。身元がわかんねーんじゃ返せねえしなあ・・まあもう開けちゃってんだけど」
加瀬くんが腕組みして、うーんってうなる。
「まいっか。食うか」
カパッと蓋を開けて加瀬くんがチョコをひとつ摘みあげた。
「食おーぜ。捨てるのもナンだし」

加瀬くんがハイって箱を差し出してくれるんだけど、私はやめておくことにした。
「加瀬くん食べなよ。私はいいや」
「なんで?」
「だってこれは加瀬くんのためのチョコだから・・」
誰がどんな気持ちで加瀬くんに渡したのかはわからないけど、彼女が食べちゃダメな気がした。
それに、正直に言えばツラくて食べられない。
私は彼のもらったチョコレートに手を伸ばすことができなかった。

***
「なあ、小宮山はくれねーの?」

正体不明のチョコを食いながら、オレは待ちきれず、自分から小宮山にチョコをねだった。
だって絶対にもってきてるハズだから。
オレのためだけに用意された、オレのためのチョコ。

ところが。

「ゴメン、教室に忘れてきちゃった」
「ウソだろ、なんでだよ!?」

「だって、それどころじゃなかったもん」
小宮山が顔を曇らせる。
「彼氏がチョコもらうのがこんなツライって知らなかった。加瀬くん、あんまりモテてほしくない・・」

「!!!」

ションボリうつむく小宮山の姿に、オレは浮かれた。
今までのどのバレンタインよりも。

「大丈夫だぞ。オレ揺らいだりしないし」
「ホント?」
「ホントだって。だーいじょうぶ!」

ところがその後、例のチョコの正体はあっさりと判明するのである。

弁当食って教室に戻ると、翔太がオレをみつけて手招きしてくる。
「なあ、チョコ入れといたのわかった?」
「は?」
「青いやつだよ。見た? あれ、オレから」
「なんだよ、翔太かよ」
毎年いっこももらえねえから、今年は気分だけでもって思ったらしい。所謂、友チョコってやつだ。
見れば、尚も同じの食べてる。

そーっと首を伸ばして、オレはこっそりと小宮山の様子を窺った。
佐々木の席にいる小宮山はーーー

うんうん。たぶんコッチには気づいてない。

「なあ、もしかして小宮山に悪いことした?」
「や、全然」

不安げな翔太に愛想よく微笑んでおく。

ネタバレは、まだしない。
もうちょっと小宮山にヤキモチやかせてからにしよう。
そして放課後。

部室の会議用テーブルの上にちょこんと置かれたシックな小箱を、オレは期待に満ち満ちた目でじっとみつめていた。
今度こそ、小宮山にもらったやつだ。オレの、チョコ。

ピンクのリボンをつーっと解いて、カパッと蓋を開けたらーーー

「うおっ、すげえええええ!!」

小宮山のチョコは、小さなガトーショコラだった。

「コレ、もしかして作ったの??」
「ウン。作った」
「!!!」

手作りのチョコもらったことなんて一度もない。そもそもオレは義理チョコすらほとんどもらったことがないのだ。
中学の時、断固受取拒否した森口さんのチョコ以外で、これはオレがもらった生まれて初めての本命チョコだった。

「ありがと。スゲーうれしい・・」

幸せをかみしめながら、最初の一切れをパクリと頬張った。
「うま!」
「ホント!? ヨカッタあ」
小宮山がほっぺをピンクに染めてオレをみつめる。

基本、小宮山はわかりやすい。オレへの気持ちは、だいたい丸出し。
おかげでオレは、小宮山の顔を見てれば安心していられた。
それもこれもちょっと前にしたあのデッカイ喧嘩で、ハルキへのコンプレックスを手放すことが出来たから。
あれ以来オレは、ハルキに対して無駄にヤキモキすることがなくなった。
「小宮山、くちあけて?」
素直にあーんて開いた口に、一切れ放り込む。
「一緒に食べよーぜ」

小汚いロボコン部の部室。
ムードもなんもないけど、それでも十分シアワセ。

「オレ、来年もコレがいーな」
「じゃあ、レシピとっとこ」

小宮山のチョコだけあればいい。
他には何もいらない。
来年も、再来年も、ずっと一緒にいられたら。それだけで。