「なあ、早坂。飯田(・・)がさ?」

オレが『飯田』って口にした途端、早坂がゴッて赤面した。

ーーーいや、凄い。

狙ってやってんだから、彼女がこーなることはもちろんわかっちゃいるのだが。
それにしても、だ。毎度毎度よくもまあこれほど鮮やかに赤面できるものだと感心しつつしげしげと早坂の顔を眺めていると、今度は教室のほうからガタガタと椅子をひく音が聞こえてくる。

「あーあ。何してんの、小宮山あ」

どうやら小宮山がさっきの芯を床にブチまけてしまったようで、田口が一緒になって拾ってやってる。
こっちに背を向けてしゃがみこむ彼女の背中がションボリと縮こまって見えるのはオレの気のせいだけではないだろう。

よしよし。
今日もバッチリ動揺してるーーー
その様子を横目で観察しつつ、ひとり悦に入るオレ。

早坂をワザと赤面させてそれを小宮山に見せるっていうこの下劣な煽りは、モノスゴイ効果を発揮していた。
小宮山は面白いくらいオレの煽りにひっかかって狼狽えてくれる。こんなに煽り甲斐のある女はなかなかいない。

教室に戻ると、小宮山がオレをつかまえて不安そうに聞いてくる。
「加瀬くん、動画の撮影っていつ?」
「2週間後」
「あ、そう。まだそんなにあるの・・それまではずっとこんななの?」
不安げにオレの顔をみつめる小宮山に「ウン」って言ったら、その顔があからさまに曇った。
それでも必死に普段通りを装おうとして頑張る小宮山。
「そっか。ガンバッテ」
「ウン、ありがと」
オレを見てコクリとひとつ頷いてから「トイレに行ってくる」と言い残し、小宮山は暗ーい目をしてフラフラと教室を出て行った。

「・・・」

オレだって胸が痛まないわけじゃない。彼女のことをこんなふうに傷つけてヒドイことしてるって思う。
だけど、それでもオレには物足りないのだ。小宮山がなーんも言ってこないから。
今だってそう。あんなふうに我慢せず、もっと色々言ってくれたらいいのに。

「はーあ」ってため息をついてオレは窓際の自分の席に戻った。

やっぱり今日もたいした収穫はない。
いい子ちゃんでやたら我慢強い小宮山はなかなかオレの思うようには妬いてくれないのだ。

欲を言えば。
もうちょっと拗ねたりワガママ言ったりして甘えてほしい。
チョットだけなら泣かれたってイイ。
もっと、妬いてくれたらなって。

だから、つい思っちゃうのだ。
ムチャクチャひどい意地悪したりしないから、もうチョットだけって。

オレはどうしても、小宮山を煽るのをやめられない。