渋る私の手をとって、加瀬くんは公園の奥へ奥へと歩いてく。
知らなかったけれど、この公園は案外奥が深かった。なぜか公園の裏がキャンプ場になっていたからだ。
だけど、まともに稼働してんだかどーだか、すっかりさびれきってる。
海からも遠いし、かといって山が立派なワケでもない。
一体なんでこんなとこにキャンプ場が??
閑散とした場内を手をひかれて歩きながら、次々と疑問が浮かんでは消えた。
キャンプ場周辺には人目につきづらそうな薄暗くてイカガワシイ場所がたくさんあって、加瀬くんはその中のひとつを適当に選んで嬉しそうに私を座らせた。
「な? あっただろ? 来てみたらあるモンだろ?」
得意満面だ。
で、さっさと抱きしめられる。
「うあー、小宮山に触んの久しぶり・・!」
だけど私は加瀬くんほど脳天気にはしていられなかった。
「まってまって、ココ別の意味でヒトケのありそうな場所じゃん!
ヤだ。コワイ。こんなとこでとか絶対にムリ!」
「大丈夫。人が来たらわかるから」
「ウソばっかり!」
ビビリまくる私の異議を気にもとめない加瀬くんは、すでに私の話なんか聞いちゃいない。勝手にどんどんキスしはじめちゃう。
「ちょっと待ってよ、まだ話の途中・・!」
「小宮山がイチバンうるさいよ? 静かにしてれば?」
って、あっという間に口を塞がれて、それと同時に加瀬くんの手のひらがじわじわと自己主張を開始した。
そこから後は流されて何も言えなくなった。しばらくは。
だけど、すんごい勢いでエスカレートしてくアレコレに、ただ流されてるわけにもいかなくなり、私は必死でストップをかけたのだ。
「か、加瀬くん、もうダメ!」
「ダイジョーブだって」
「ヤだってば、人がくる!」
「こねーよ、誰も」
って加瀬くんが笑ったところで・・
「ねえ」
って声をかけられて背筋が凍りついた。
小さな男の子がすぐそばに立って私たちを見上げている。
叫びそうになるのをなんとかガマンして、加瀬くんからそーっと距離をとった。
青いちっちゃなスニーカーを履いたその男の子は、だんっ、て勢いよく足を踏みしめて、加瀬くんの前に仁王立ちした。
そして真っ直ぐ加瀬くんを指さして叫ぶのだ。
「オマエ、わるいやつ!」
「エ??」
「おねーちゃんのこと、いじめてただろ!」
ギッと睨まれて、加瀬くんがビクビクしながら男の子に言う。
「い、いじめてないよ?」
「うそだ! おねえちゃん、いやっていってたぞ!」
「え、えーっと・・」
しどろもどろの加瀬くんが子供の相手をする様子は・・・おもしろすぎた。
だけど男の子は真剣そのもの。こーいう年頃の子ってのは常に全力で本気だから絶対に笑っちゃいけない。
微笑ましさからついつい笑いがこぼれそうになるのをどーにか我慢しつつ見物を決め込んでいると、加瀬くんが必死で視線をよこしてくる。
『やっぱりお困りなんですネ?』
『早く助けろ!』
みたいなやりとりを無言でかわしてから、私は男の子の前にそおっとしゃがんで彼と目をあわせた。
「あのね、おねえちゃんだいじょうぶだよ?」
「ほんとに?」
「ほんと。このおにいちゃんイジワルなんてしないよ。スッゴクやさしいんだから」
「ええ〜、見えない!!」
疑わしそうに加瀬くんを見る男の子は不審感丸出し。
しかし、彼の真っ直ぐで子供らしい正義感はとても尊く、そして可愛らしかった。
「見えなくてもホントだよ。おねえちゃん、このおにいちゃん大好き」
「・・そーなの? ホントに?」
加瀬くんへの疑惑がまあまあ薄らいだところで、男の子を連れてキャンプ場を出た私たち。
公園へ戻ると、お母さんはすぐにみつかった。お母さん、泣いてたから。
笑顔でバイバイした後で、男の子の話し声が後ろから聞こえてきた。
「あのおにいちゃんとおねえちゃん、ちゅーしてたよ」って。
狭い部室の中、男8人がテーブルをぐるりと囲んで座る。
長い会議用テーブルにズラッと並べられているのは、各自が考えてきたアーム部分の設計案だ。それに1枚だけほとんど白紙のショボい図案が混ざってる。
やべえな、白すぎる。
浮きまくってんじゃん、オレの図案。
そしたら案の定、「オイ、誰んだよコレは!」って小野がオレの図案を拾い上げて、ヒラヒラと揺らしてみせる。
「スミマセン、オレのです」
「どーしたよ、加瀬。やる気出ねえなあ、ここんとこ」
「はあ」
「なんか悩みでもあんの?」
ーーーある。
今、スゲー悩んでる。
めんどくさがりのくせに面倒見がいいっていう矛盾した性格の小野が心配してくれんだけどまさか今ここでオレの悩みを打ち明けるわけにもいかなくて、「なんもナイです」って言ったら窓際にゴチャゴチャとおいてある机のひとつをアゴでしゃくられた。
課題をサボってきたやつは、あそこでそれを取り返すことになっているのだ。
ひとりミーティングを抜けたオレは、窓際の隅、落書きだらけのボロい机に移動して高さの合わないチグハグな椅子にドカッと腰をおろした。じいっと図面を眺めてみんだけど、やっぱなーんも浮かばない。
調子が出ない。
っていうか集中できない。小宮山のことばっか考えて。
公園でウッカリ子供にでくわしてから、小宮山はぱったりキスさせてくれなくなった。そーいう雰囲気になるとなんだかんだ言いながらオレから逃げていく。小宮山にかわされてばかりのオレは空振り三振の全敗が続いていた。
欲求不満が積もりに積もって、日常生活にも支障をきたすくらい、オレは今、ダメんなってる。
「はあーーあ・・」
ため息ついてボーっとしてたら、翔太がやって来てオレの隣に座った。
すでに小野の姿はなく、部室の中にはざわざわダラダラとリラックスした雰囲気が漂っていた。
「どしたの、オマエ」
「べつに」
翔太が、スカスカの図案を手に取って眺めはじめる。
「進んでねえなあ」
「だってなーんも浮かばねんだよ。ムリ」
「小宮山となんかあったの? 聞いてやるから言ってみろよ。まあ、聞くだけだけどさ。オレ女の子のことなんか全然わかんないし」
そう言ってもらえてオレは嬉しかった。
アドバイスなんか期待してない。翔太、まだ彼女いたことねえし。
この際、話聞いてもらえるだけでもいいって思って、オレは翔太にすがって口を開いた。
「ーーーあのさ、実はさ・・」
みっともねえの承知で、翔太にオレらの・・ってかオレの危機をうちあける。
小宮山がキスさせてくれない、それにオレたぶん避けられてる、って。
それからこんな風になっちゃったいきさつも。
机の上に腕を組んでオレの話をマジメに聞いてくれた後、翔太が「うーん・・」って首ひねりながら口を開いた。
「小宮山って結構デリケートなんだなー。女子ってみんなそーなの??」
「さあ」
「ちょこっとキスしてるとこ見られただけなんだろ? あんま気にすんなって言ってやれば?」
「・・・」
そんなことはとても言えなかった。
だってホントは。
オレがしてたのはちょこっとどころじゃないエッロいキスだったし、子供のクダリはまだ途中で全部話してない。
黙り込むオレの様子に気づいた翔太が不審そうにする。
「まだなんかあんの?」
「ーーー実はさ。さっきの話、もうチョット続きがあんだよネ・・」
オレらのちゅーを母親に報告した子供は、更にこう続けた。
あのおにいちゃんホントは吸血鬼だよって。おねえちゃんは血をすわれて「いやん、やめて」って泣いてた、って。
更にアレコレとオレらの様子を事細かに・・意味も訳もわからないままあけすけに報告する子供。それにつれ、母親の様子があきらかにおかしくなってゆく。
オレらは後ろを振り向くのが怖くて、黙ったまま早歩きでそこから逃げた。んで、公園を出たところで小宮山が崩れ落ちたのだ。
こんなに恥ずかしい思いをしたのは生まれて初めてだ、つって。
「なあ、小宮山ってホントに泣いてたの?」
「イヤ、泣いてたワケじゃない」
「じゃ、じゃあ泣いてたってゆーのは、まさか・・」
動揺した翔太の耳たぶが、みるみる赤く染まってく。
「・・声ガマンできなくなるよーなコト、オレがしてたから」
「おっまえ、最悪!!」
スゴイ目で睨まれる。
「キスしたの、花火大会が初めてなんだろ!? その公園のキスって何回目よ?」
「・・2回目」
「2回!? 2回目でそんなヤラシイやつ、する!?」
「・・するんじゃない?」
「そーなの!? するの!? オレがナニも知らなすぎるだけ・・!?」
翔太が愕然とする。
「・・いやいやいや、できねえ。オレには絶対できねえ。
ってか小宮山は!? 小宮山、そんなのについてけてんの? 大丈夫なわけ?」
「・・ワカンナイ」
「はあ??」
そういうふうに聞かれると、わかんなかった。
イヤがられてるなんて思ったことはないけど、今となっては自信がない。
もしかしたらイヤだったのかもしれない、とも思う。
「小宮山の気持ち、ちゃんと確かめてみれば? オマエはよくても小宮山はよくないかもしれねーだろ?」
「・・ウン」
翔太にそう言われて、突然すげー怖くなった。
小宮山の気持ちを確かめてみたとして。
ホントはすごくイヤだった、って言われたら?
もうオレとキスなんかしたくないって言われたら?
そん時はどーなんの? オレって、彼氏のままでいられんの・・?
この日からオレは、小宮山に好き勝手に触れなくなった。
***
ベッドにゴロンと寝転がり、私はさっきからずーっと天井のシミをみつめている。
「なんでかな・・」
最近、加瀬くんの元気がない。
いつも元気ハツラツ、図々しい加瀬くんが、どえらい静かで覇気がなく、大人しい。
こんなふうになったのっていつからだっけかな・・って考えてみて、私はある事に気がついたのだ。
ーーー最後にキスしたのって・・いつ!?
エロに貪欲な加瀬くんが触りたい、キスしたい、って言わなくなった。
そういえば。もう長いこと手だって握ってないじゃないか・・!!
ガバッと飛び起きて腕を組み、あわあわと記憶の糸を辿った。
そうだ。公園でしたのが最後。
キャンプ場で男の子に会った日が最後だ。
んでも、あれは夏休みが終わってすぐの頃だったはず。
と、ゆーことは、だ。
私たち、結構長い間、恋人らしいことなーんもしてない・・・・
「ア、アレ? もしかしてコレ、すっごいマズイ状況なんじゃ・・?」