その時、春樹くんの後ろでガッシャン!てすごく大きな音がして、近くにいた人たちが一斉に音のしたほうに顔を向けた。
春樹くんもびっくりして後ろを振り返った。
私たちのふたつ向こうのテーブルの下に小さな男の子がもぐりこんで、バラバラになった電車を一生懸命拾ってる。
ハイハイ、アレを落っことしちゃったわけねって、みんながそれに気を取られてたその一瞬・・
「!!!」
突然顔を寄せてきた加瀬くんが、私の耳たぶをペロリと舐めたのだ。
ギョッとして私が顔を向けた時には、すでに加瀬くんは身体をひっこめて、さっきと同じように頰杖をつき直してた。まるで何事もなかったかのように。しれっと。
ぞぞぞと耳が痺れて、頭は真っ白。
加瀬くんの一撃は、私にとてつもないダメージをくらわせた。
私へ視線を戻した春樹くんがギョッとする。
「どしたの、すみれちゃん。顔真っ赤だけど・・!?」
「ななな、なんでもナイ!」
加瀬くんは、黙って私たちの様子を伺っていた。
頬杖ついて口元を隠してはいるけれど、目が笑ってるのは丸わかりだ。
「え、えと・・ゴメン、なに話してたんだっけ・・??」
「・・イヤ、いい。なんでもない」
ウッスラ事態を把握したらしい春樹くんが青筋立てて加瀬くんを睨むのだけれども、加瀬くんはどこ吹く風。
「あっそう。じゃ、もー終わりにする? いいよね、終わっても? ーーああっと、それからゴーダツの件もこれでおしまい。アレも期限切れだよな?」
ウキウキと嬉しそうに念を押す加瀬くんに、春樹くんがため息をついた。
「わかったよ。もう全部オシマイ。ぜーんぶ加瀬くんの勝ち」
「フン。あったりまえだわ」
バイバイって帰ってく春樹くんの背中を見送りつつ、加瀬くんが満足そうに顔をほころばせる。
「小宮山、耳ヨワイね??」
「さっきの何!? なんてことすんの・・」
「だーってアイツ、オレの目の前で告りはじめんだもん。邪魔してやったわ。へへへ」
ヤラシイ顔して得意そうにふんぞりかえる加瀬くんから目をそらして、目の前に広がる青い海を眺めた。
がんばってほしいって心から願った。
まだ間に合う。十分青春取り戻せる。
私じゃその相手にはなれないけど。
ボンヤリお茶飲んでる私に加瀬くんが言う。
「オレさあ、中学ん時の小宮山に会ってみたかった」って。
「いやいや。すんごい枯れ果てたんだってば。あー加瀬くんと同中じゃなくてヨカッタ・・」
「それでもオレ、好きになってたと思うよ。絶対」
「エヘヘ。ありがと」
中学の頃の加瀬くんは、野球部で丸坊主だったらしい。
「うっわー、見たかった!」
きっと可愛い男の子だったに違いない。
もしもその頃の彼に会えていたら、私もきっと恋をしたはずだ。坊主頭の加瀬くんに。
そして花火大会当日。
バイトの最終日は普段の営業とは全然違ってて、出店準備の仕上げのような内容だった。終わりの日の余韻など一切ない。ただでさえ短い4時間がバタバタと一瞬で終了してしまった。
最後にヒロちゃんに呼ばれて、生まれてはじめてのお給料をいただく。
「みんなありがとう。とっても助かった」
入ってみてからわかったことだけど、ホントは単発のバイトなんかじゃなくて、ちゃんと長く働いてくれる人を探したほうがよかった。
なのに、バイトしたいって騒ぐマナにヒロちゃんが折れる形で、こんなことになっちゃったようなのである。
私たち3人ともバイトは初めてで、きっとたいしたことは何もできなかったはずなのに、それでもヒロちゃんは私たちを心から労ってくれた。
「みんなは花火見に行く? よかったらウチのお店にも顔だしてね」
ニコニコと微笑むヒロちゃんに挨拶をしてからスタッフルームへ。
エプロンとキャップを返して、全てが終了だ。
マナは今日も店に残る。
結局コウくんへの告白は保留らしい。
春樹くんと一緒に裏口を出ると、外には加瀬くんが待ってくれていた。
ところが、そっちへ歩き出そうとした私の目の前が突然、青一色に染まる。
「な、なに!?」
その青は春樹くんのひらいたカサだった。
何か考えるヒマも、思うヒマもなく、間髪入れずに耳たぶに、ちゅ、って柔らかな感触が落ちてきて、「加瀬くんにお返し」って春樹くんが笑う。
「オレ、ホントにホントにすみれちゃんが好きだったよ」
優しくて、心のこもった声だった。
「色々ありがとう。バイバイ、すみれちゃん」
それは真っ青なカサの内側での出来事。
春樹くんにお別れの言葉を告げられた直後、青一色だった世界が一気に眩しい光を取り戻した。
「なにしてんだよ!」
加瀬くんが勢いよくカサを払いのけて春樹くんを睨む。
「別に何にも。カサがひらいちゃっただけ。じゃあね」
って言って春樹くんはスタスタと歩いていってしまう。
その背中をじっと見送っていた加瀬くんが今度は私をふりかえった。
「なんでそんなに顔が赤いの?」
「・・・」
「なあ、なんで!?」
「ちょこっとだけ、耳にキスされちゃった・・」
「ハアア!?」
春樹くんが歩いてったほうを、加瀬くんがスゴイ勢いで振り返ったけど、その姿はもうとっくにナイ。
「どっち!? コッチ??」
「ウン。いたたた・・」
ブスッとした加瀬くんが、私の耳たぶをぎゅうぎゅうつまむ。
「なんなの、アイツ!? 昨日全部オシマイつったの嘘かよ!」
「んーん。ちゃんとバイバイって言われたよ。これは加瀬くんにお返しだって」
「お返し!? ってまさか・・」
加瀬くんがボーゼンとする。
「くっそー、オレへのあてつけか!」
一度家に帰って、坂川駅に改めて18時に待ち合わせ。
今夜はいよいよ花火大会だ。
***
「小宮山なに食いたい? 食いたいもん今すぐ全部言って」
「そんなに急がなくても大丈夫よ? まだ全然時間あるし」
不思議そうにする小宮山を連れ回して、屋台をガンガンハシゴする。
小宮山がバイトしてたカフェが出してる店でもいっぱいサービスしてもらって、気づけば結構な量のメシが手に入ってた。
「ヨシ。こんくらいでいっか。小宮山、松原いこ?」
「松原あ?? なんで?」
しゃりしゃりカキ氷食ってる小宮山をせかして、オレらは松原を目指した。
小宮山が困惑するのも無理はない。松原で花火見るやつなんかまずいない。
法賢寺の参道を海まで下ると古い港がある。ホントなら会場はその港なのだ。
松原へついた頃にはもうだいぶ薄暗くなっていた。その薄暗がりの中でも更にいっちばん暗くて、いっちばん人目のなさそうな場所を選んで座ったら、さっさとメシをひろげる。
「完全に暗くなる前に食っちゃおーぜ」
焼きそばとたこ焼きと、あと小宮山のバイト先の店のデッカイ箱に入った何か。夜になってもまだバイトしてたマナがおまけしていっぱいつめてくれたんだけど、アイツは絶対校則違反だ。
見えにくいって小宮山に文句言われながらも、ふたりで食うメシはすげーうまかった。
灯りのない松原はそもそもがマックラ。
日が暮れたらもう、なーんにも見えなくなる。
予想はしてたけど、しばらくして上がりはじめた花火は本当にひどかった。
「半分切れてる!」
「ココ、角度が悪いからな」
「ああもう、すんごい松が邪魔!」
「・・見えただけよかったじゃん?」
ガッカリする小宮山を抱き寄せてりんご飴を手から抜く。
「また来年来りゃいいじゃん。オレ、花火よりコッチがいい・・」
ほっぺにちゅ、ってキスすると小宮山はピタリと静かになった。
そういえば、やっと好きって言ってきたハルキを、小宮山はマヌケにもフり損ねたらしい。
だけどオレにもなんとなくわかる。今度こそハルキの件はおしまいだ。
ってことはーーー
「もうキスしていいかな?」
「いいんじゃない?」
「・・そーだよな。していーよな。ウン」
「・・・」
もういい。
もう全然キスしていい。
なのに今度はーーー
「くっそー、今度はコッチが気になる!!」
ハルキが勝手にもってった小宮山の右側の耳たぶ。
ここだけが治外法権持っちゃったみたいに、手が出しづらくなってしまった。
「どうしよ、こっち側・・」
耳たぶつまんではあってため息つくオレに小宮山がムッとする。
「そんなに嫌そうにしないでよ。そこだって私の一部なのに」
「いや、違う。コレはオマエのモノのようであって、実はオレのモノなの! なのにアイツが勝手に・・くそー、ハラ立つううう!!」
ゼータクな悩みだってのはわかる。
もしもオレが小宮山の二人目や三人目の彼氏だったら、耳たぶがどーのとか小さいことは言ってらんない。
ーーーだけどなあ。
「・・やっぱ今日はムリ」
「あっそう。じゃ、花火みよっと」
こういうとこ、割とドライな小宮山。
さっさと切り替えてりんご飴を袋から取り出そうとしはじめるから、慌てて小宮山の左側に座り直して袋の口をおさえた。
「ちょっと待て。アッチが無理なだけでコッチは大丈夫!」