ウンて言って、小宮山

それからしばらく、頬杖ついてボーッと店内を眺めてたら小宮山がワッフルののっかったトレーを持ってやってきた。

「加瀬くん、いらっしゃい」
って、トレーにのっけてるモノをオレの前に次々と並べはじめる。
「オマエ、どこにいたの?」
「奥でお皿洗ってた」

小宮山は無地の白いTシャツにパンツ、スタッフおそろいのエプロンとキャップ、って格好だった。いつもはおろしてる髪が後ろでひとつにまとめられてて、それがキャップの後ろからぴょんと飛び出してる。
「カワイイね、ソレ」
いつもと感じの違う小宮山についデレデレしちゃう。

んだけど、そーじゃない。
今はこんな話してる場合じゃないのだ。
「なあ、ハルキがいんだけど!」
「・・そーなんだよね。春樹くんが一緒だなんて知らなくて」
気マズそうにオレから目をそらす小宮山は、背後のハルキにチラリと視線を送りつつ会計用の紙をくるくるっと丸めて透明な容器に差し込んだ。
「なあ、ここ辞めない?」
ダメ元で一応言ってみるけど、困った顔した小宮山が「それはムリ」って首を横にふる。

うん。わかってた。
やっぱ辞めらんないよなあ。

「じゃあオレ、シフトが午前の日はここに様子見にくる」
「そんなのたいへんじゃん。ムリしなくてもいいよ?」
って小宮山が心配そうにオレを見るんだけど。
「いんだよ、来たいの。オレ、オマエに会いたい・・」
オレがそう言うと、トレーのふちをぎゅううっと握りしめた小宮山が頬を染める。
「ありがと。嬉しい」って恥ずかしそーに目を伏せて。

甘酸っぱい空気を漂わせるオレらを・・ってかオレを、近くを通りかかったマナが視線だけよこして器用にバカにしてくる。
天敵のような女とシツコイ恋敵にかこまれつつも、オレは大事な恋人との束の間の逢瀬をできうる限り満喫。
「じゃあ、そろそろ戻るね。ゆっくりしてってね」
って嬉しそうに手をふって厨房へ戻ってく小宮山の背中を切なく見送った。
マナの言う通り、ワッフルはうまかった。何が違うのかわかんねえけど、クリームがすげーウマイ。そのクリームをワッフルにたっぷり盛りながら考える。
オレにできること、なんかないかって。

「・・・」

ないな。今回ばかりは。

居心地のいいオシャレでまったりとしたカフェに、オレの漏らす辛気臭いため息が溶けていく。

オレ明日のシフト、どうだっけ?
花火大会まで、なるべく午前に入れてもらえるように頼んでみよう。

ハルキに金を払って店を出たら、青い空にくっきりと白いヒコーキ雲が走っていた。
今日もやっぱり、ムチャクチャ暑い。



初めてのアルバイトはあっという間に初日を終了した。
4時間って一瞬だ。

エプロンとキャップを外してロッカーにしまい、帰り支度を整えてスタッフルームを出ると、マナがまだバイトの格好のままでカウンターの奥にいる。
「帰んないの?」って声をかけたら、今から参道店の準備を見に行きたいんだって言う。

「一緒に連れてってもらえるようにヒロちゃんに頼んでんの」
「そっかあ。じゃあ、また明日ね」
「ウン。バイバイ」

裏口からお店を出て、春樹くんとふたりで駅へ向かって歩いた。
だけど、このまま一緒に帰るわけにはいかない。加瀬くんとの約束がある。

「春樹くん、私、モールよって帰るから。また明日ね」
って手をふって道をそれようとしたら、「ちょっとまって」って春樹くんが立ち止まった。
もしやまたアレコレと駄々をこねられるのでは・・と身構えつつ、私は彼を警戒した。

「加瀬くんに内緒でどっかいこう、みたいなのはヤだからね」
「それはわかってる」
「ねえ、なんでオレ、このバイトしてると思う?」
「・・あのハナシの続きがしたいからじゃないの?」
警戒を解かず眉間にシワよせたままの私に、春樹くんはあっけらかんと言い放った。
「それもなくはないけど、でも違う。オレの目標は花火大会までに立ち直って、加瀬くんからすみれちゃんをゴーダツすること。だからすみれちゃんのそばにいる」
「ゴ、ゴーダツ!?」

なんつー物騒な物言い。
それなのに春樹くんはえらく楽しそうで嬉しそう。
わくわくと頷いてみせるのだ。

「ウン、そう。ゴーダツ。まだ間に合うんじゃねえかなって思って・・」
「間に合うって何が??」
春樹くんがウッスラ赤面してじっと私を見る。
「たぶんだけどさ。ふたり、キスまだなんでしょ?」

「・・・・エ?」

頭、マッシロ。

「ななな、なんで春樹くんがそんな突っ込んだコト知ってんの!?」
顔ひきつらせて立ち尽くす私に、春樹くんが申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「ゴメンね。オレ、全部聞いてた」
「聞いてた!?・・って何を??」

それは春樹くんが加瀬くんにムチャクチャ怒鳴られて、部室から叩き出された例のあの日のことだった。

「あの後、オレまだしばらくドアの外にいてさ」
「え・・ええっ!? じゃ、じゃあまさか・・」

あの後の私たちが話してたこと、してたこと。
それ、全部全部ーーー
「ゴメン、聞いちゃった。すみれちゃん案外甘え上手だね?」
やっぱり!!
恥ずかしさのあまり意識がフッ飛びそうになる。
「それに加瀬くんて顔に似合わずピュアで奥手なんだね?」
「かっ、加瀬くんがピュアで奥手・・??」

ーーーんなワケないでしょう。とんでもない誤解だ。
だって実際のところは、キスがまだってだけで手なんか出しまくられてる。

キスは待ってねって約束を律儀に守ってくれるから、のんびりと安心しきっていたある日、いきなりそれは始まった。
あ、って思った時にはもう遅くて、本当にダメなとこ以外、片っ端から全部触られちゃったのだ。本人曰く、点検。

基本、加瀬くんはヤラシイし、手が早い。
けしてイヤじゃなかったけど、想像の遥か上をいくアレコレに言葉を失って呆然としている私の様子が、加瀬くんの目には『諾』と映ってしまったらしい。
それ以来、エッロい加瀬くんに必ず触られる。キスだけが宙ぶらりんに、手つかずのまま。

「すみれちゃんに加瀬くんの手垢がついてないなんて奇跡でしょ!?」
「・・・」
「オレ、絶対にさっさと立ち直る! だから、すみれちゃんはキヨラカなままでいて!」

言うだけ言ったら、春樹くんはスパッと帰って行った。
なんだかすごくスッキリとした顔をして。
大通りへ出てトボトボと歩いていると、後ろから「小宮山!」って名前を呼ばれる。
よく知ってる大好きな声で。
振り向いたらそこにはやっぱり加瀬くんがいた。

「出るの裏口だと思ったんだけどさ! わかんなかった。裏に回る道」
走ってきた加瀬くんが息を弾ませる。
「待っててくれてたの?」

顔見れて嬉しかった。
スッゴイ会いたかった。
じーんと胸が熱くなる。

「アレ? なんかオマエ・・どうかした? 仕事しくじった?」
隣に並ぶ加瀬くんの手を、私はぎゅうっとにぎりしめていた。
「加瀬くん、あのさ・・」
「?? どしたの、小宮山」

***
様子のおかしい小宮山を連れて松原へ向かった。
海岸線に沿って延々と松が植えられてる松原は、モールからわりと近い。
少し向こうは海水浴場でメチャメチャ人が多いけど、松原はまあまあ静か。
松の木陰で、小宮山は今から遅い昼メシを食う。

「なあ、どうしたんだよ?」

ペットボトルのフタをひねりながら話をふると、おにぎりの包装を開けようとしてた小宮山の顔がすんげえ勢いで赤く染まった。
ビックリして小宮山の顔をのぞく。
「オマエ、大丈夫?」
「全っ然大丈夫じゃない」
おにぎりをポイって放った小宮山は、ぎゅうっと膝を抱いて体育座りをするとそこへガックリと顔を伏せた。

「春樹くんと3人で話した日あったでしょ? 加瀬くんの理科の補講が自習になった日」
「ウン」
「春樹くんさ、加瀬くんに部室追い出されちゃった後もずっとドアの外にいたんだって」

「・・エ??」

慌てて記憶の糸をたぐってみる。
あの後ってたしか・・小宮山とチョット話して、んでそれから・・

「アイツ・・どのあたりまで外にいたの? えーっと、オレらがイロイロしてたのも、聞かれちゃった・・?」
小宮山がこっくり頷く。
「クッソ悪趣味!! なんなのアイツ!?」
「あーあ。じゃあ、小宮山のオネダリも聞かれちゃったなあ・・」
って言ったら小宮山が更に頭を抱えた。
「そーなの。それ言われた・・! 恥ずかしくて死にそう!」

ハルキと話してた時は、割と冷静にできてたらしい小宮山。
だけど、ハルキと別れて大通り歩いてるうちに、恥ずかしくてたまんなくなったらしい。今は穴掘って埋まりたいって言ってる。

「それだけじゃないよ・・加瀬くんが触りまくるから、何聞かれてるかわかんないじゃん!」
「小宮山、ヤラシイ声がちょこっと漏れちゃうもんね?」
「ギャーー、今それ聞きたくない!」
「へへへ」
狼狽えっぷりが面白くて、ついつい笑っちゃうオレに小宮山がブチ切れた。
「笑い事じゃないっっ! 誰のせいだと思ってんの!」

まあね。オレのせい。
だけど、オレは悪くない。
立ち聞きしてたアイツが悪い。
んでも元はと言えばーーー

「アレねだったのオマエだぞ?」
「そ、それはそーだけど・・」
小宮山が恨みがましい顔して俺を見る。
「ちょこっとキスしてくれればよかったんだよ」
「・・そんなのムリだし、オレ」

だけどもう今更どうしようもない。
やさーしく手え握って小宮山に言い聞かせる。
「気にすんなって。オレだってオマエに好き好き言いまくってたろ? アレを男に聞かれんのは、さすがにツライ」
「加瀬くんでも恥ずかしいコトがあんだね」
「当たり前だわ!」